漢和辞典を使って平仄や韻を調べる

概要
絶句や律詩などを作る際には、漢字の平仄や韻についての情報を知る必要がある。ここでは、漢和辞典を使って平仄や韻を調べる方法について紹介する。

平仄と韻

漢詩にはさまざまな種類のものがあるが、よく作られるものとして、絶句律詩がある。絶句や律詩は、漢詩の中でも近体詩きんたいしと呼ばれるものに含まれる。近体詩は音の調和に関するルールがかなり厳しい。このため、近体詩のルールに適合するようにするためには、詩で使用する個々の漢字の音についてしっかりと把握する必要がある。

具体的には、「平仄ひょうそく」と「いん」という2つのことについて知る必要がある。平仄と韻については後で詳しく説明するが、絶句や律詩を作るときには、平仄と韻の双方が近体詩のルールに合うように作らなくてはならない。

そして、近体詩を考えるときの平仄と韻は、日本語の漢字の音の知識からは、ほとんど推測できない。なぜかと言えば、昔の中国語の発音 [1] によっているためだ。このため、現代の日本語話者が詩を作る際には、漢和辞典などを使って平仄や韻を調べる必要がある

実は、日本語の漢字音と普通話(標準中国語)の漢字音が分かれば、平仄を大概の場合において判断することができる。詳しくは、「日本語の漢字音と普通話の漢字音の知識から平仄を導き出す」という記事を参照されたい。

平仄とは

近体詩が準拠している昔の中国語の発音では、音の高低などに基づいて漢字を以下の4つの声調に分ける [2]

  1. 平声ひょうしょう
  2. 上声じょうしょう
  3. 去声きょしょう
  4. 入声にっしょう

そして、平声以外の3つの声調、すなわち上声・去声・入声は「仄声そくせい」と総称される。つまり、漢字は平声と仄声の2つに分けることができるのである。平仄ひょうそくとはこの平声と仄声のことを言うのだ。

そして、絶句や律詩では、平声の字が入れる場所と仄声の字が入れる場所に制約がある。平声の字が入れないところに平声の字を入れると変になるし、仄声の字が入れないところに仄声の字を入れると変になるのだ。だから、詩に使う字が平声か仄声なのかをしっかり注意しなくてはならない。

韻とは

ある漢字のとは、その漢字の頭の子音を取り除いた残りの部分の音を指す [3] 。そして、漢詩を作るときには、決められた句の末尾を同じ韻にする必要がある。

絶句や律詩などの近体詩を作るときには、平水韻へいすいいんと呼ばれる韻の体系を使用するのが通例である。普通の漢和辞典に載っている韻の情報は、この平水韻に基づいている。

漢和辞典で調べる

まともな漢和辞典ならば、平仄と韻の情報が必ず載っている。

『全訳漢辞海 第4版』で「座」の平仄と韻を調べる。
全訳漢辞海 第4版』で「座」の平仄と韻を調べる。

例えば、『全訳漢辞海 第4版 [4] という漢和辞典で「座」という漢字を引いてみよう (p.474)。引用した画像を見れば分かるように、「箇」という字が四角で囲まれ、その四角の右上の角が黒くなっているところがある。ここが、平仄と韻の情報を表している。

四角の中にある漢字は韻を示す。そして、黒くなっている角は声調を示す。声調が分かれば、当然そこから平仄も分かる。「座」について言えば、四角の中にある漢字が「箇」なので、箇の韻となることが分かる。また、右上の角が黒くなっている場合は去声となるので、「座」が仄声の字であることが分かる。

なお、黒くなっている角と声調の関係は以下の通りになる。

要するに、左下の角から時計回りに、平声・上声・去声・入声となっているのである。そして、平声か仄声を区別するだけであれば、黒くなっている角が左下かどうかを見るだけで良い。左下の角が黒ければ平声であり、それ以外なら仄声である。

漢和辞典での漢字の声調の表示。
漢和辞典での漢字の声調の表示。

なお、先ほど挙げた例は『全訳漢辞海』の例であるが、他の漢和辞典でも同様に、こうした四角から平仄や韻を知ることができる。

多音字に注意

漢字の中には2つ以上の音を持つものがあり、こうした漢字を多音字と呼ぶ。多音字の平仄や韻を調べるときには、意味に応じて適切なものを選ばなくてはならない。例えば、「長」という漢字は、「ながい」という意味で用いるときは陽の韻で平声になるのだが、「おさ」という意味で用いるときは養の韻で仄声になる。

よって、絶句などを作るときに、平声の字が入れないところに、「おさ」という意味の「長」を入れることはできるが、「ながい」という意味の「長」を入れることはできない。

補:ウェブ上で調べる

なお、漢和辞典を使わずとも、ウェブ上で平仄や韻を知ることができるサイトもある。ただし、こうしたサイトを使うときにも、先に説明したような多音字には注意が必要である。

脚注
  1. 具体的な時代としては、の時代の発音に基づいている。この時代の発音のことを中古音ちゅうこおんと呼ぶ。絶句や律詩は、中古音に基づいて、音の調和を図るのだ。 []
  2. 厳密に言うと、漢字そのものが声調で分けられるのではなく、漢字が表す音節が声調で分けられるのであるが、説明がわずらわしくなるので、単に漢字を声調で分けると説明している。なお、現代中国語の北京音も4つの声調に分けられるが、近体詩が準拠する体系とは違った分け方をする。 []
  3. 例えば、あえて日本語の漢字音で考えると、「バン」と「ガン」は韻が同じになる。それぞれをローマ字で書けば、“ban”と“gan”になる。ここから、頭の子音(“b”と“g”)を取り除いた残りが韻になる。ここでは、いずれも“an”が韻となる。なお、この2つの字は、近体詩を考えるときの昔の中国語の発音の体系でも同じ韻になる。 []
  4. 戸川芳郎〔監修〕、佐藤進・濱口富士雄〔編〕(2017). 『全訳漢辞海 第4版』東京:三省堂. []