中国外交部の報道官の「お返ししなければ失礼」発言の出典は『礼記』

概要
中国外交部の報道官が米国の貿易制裁措置に関して「お返ししなければ失礼」といった件の中国語の原文は、“来而不往非礼也”であり、これは儒教の経典の1つ『礼記』に由来する。

“来而不往非礼也”

米国が中国への貿易制裁措置をとったことに対し、中国外交部の華春瑩報道官が2018年3月23日の記者会見で述べた言葉として、NHKが「お返しをしなければ失礼にあたる」というものを報じている [1]

この「お返しをしなければ失礼にあたる」の中国語の原文を見てみると、“来而不往非礼也”(来タリテカザレバ礼ニアラザルナリ)となっている。これは儒教の経典の1つである『礼記』を出典とする言葉だ。

『礼記』の曲礼篇には、以下のような文章が載っている。

礼尚往来。往而不来非礼也。来而不往亦非礼也。

(書き下し文:礼ハ往来ヲたつとブ。キテ来タラザレバ礼ニアラザルナリ。来タリテカザレバまた礼ニアラザルナリ。)

(訳:礼では行き来することを大切にする。行ったのに来なければ礼に合わないし、来たのに行かなければ礼に合わない。)

『礼記』曲礼篇

この文章の前に書かれている文言と、伝統的な解釈を踏まえると、ここは恩恵を受けたらちゃんとそれに対する恩返しをしなくてはならないという話になる。

華報道官のコメントは、表面的に見ると「米国が制裁措置をとったのだから、中国としても対抗措置をとって報いなければ、中国が非礼になる」と解釈することもできる。しかし、『礼記』での意味を踏まえると、「一般に国際貿易というものはお互いに恩恵を往来させることで利益を得るものなのに、米国が一方的にその仕組みをふみにじって恩恵を返すのをやめたということは、米国の方が非礼になる」という解釈できなくもない。これは一方の解釈だけが正しいというものでもなく、“来而不往非礼也”という言葉を引くことで、うまく玉虫色の説明になるようにしているのだろう。報道官自身がそこまで意図的に使ったのかは分からないが、これを見た受け手がそうした玉虫色のものだと考えても違和感はない。

なので、NHKの「お返ししなければ失礼」という訳が別に間違っているというわけではないのだが、この日本語の表現だと売られたケンカは買ってやるといった高圧的な感がぬぐえず、典故を引くことの奥深さが分からなくなってしまっている。実際には、“来而不往非礼也”という言葉の背後にのびる典故と文化的蓄積がそうした高圧的な感をうまく防いでいる面があるのだ。

他にも用いられる中国古典からの引用

ちなみに、外交部の報道官が中国古典から言葉を引いてくるのはまれなことではない。例えば、“来而不往非礼也”の発言の少し前には、“夜郎自大”という言葉が出てくる。これは、『史記』の「西南夷列伝」に出てくる話を引いたものだ。また、2018年3月1日の記者会見では、李白の詩「早に白帝城を発す」からの「両岸ノ猿声啼キテマザルニ 軽舟已ニ過グ 万重ノ山」(“两岸猿声啼不住,轻舟已过万重山”)という言葉を引いたり、2018年3月22日の記者会見では『論語』からの「君子は坦として蕩蕩たり。 小人は長として戚戚たり」(“君子坦荡荡,小人长戚戚”) という言葉を引いたりしている。

外交部の記者会見に限らず、気の利いた中国語には、こんな感じで古典が織りまぜられていることが多いので、それをしっかり把握することが中国語を理解するときのコツになる。

脚注
  1. NHKニュース.(2018年3月23日).「中国「お返ししなければ失礼 最後までつきあう」米の制裁決定に」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180323/k10011376521000.html []