はじめに
ここでは、フランスのバカロレアにおける哲学の問題のうち、哲学テキストの解説を求める問題で、どのような哲学者・テキストが扱われたのかを紹介する。
フランスでは、大学入学資格を手に入れるための国家的統一試験としてバカロレア (baccalauréat) が毎年6月に行われる。この試験では、哲学 (philosophie) の問題に答える必要がある。バカロレアの哲学の問題では3つの問題が出され、その3問目は哲学者が書いたテキストの抜粋を読んで解説を書くものになっている [1] 。本記事では、この3問目で扱われた哲学者とテキストを紹介する。
凡例
今回は、いわゆる一般バカロレア (baccalauréat général) の3専攻、すなわち人文系・社会経済系・理系のそれぞれに課された問題について扱うことにした。扱う範囲は、2007年から2016年までの10年分である。つまり、3専攻×10年で、30通りの問題を紹介することになる。
以下では、専攻ごとに最近の年次から順に、バカロレアで出題された哲学者およびそのテキストを紹介していく。
哲学者の名前には、日本語版Wikipediaへのリンクが貼ってあるので、どういう人か知りたければそのリンクをたどれば良いだろう。哲学者の名前の後には、出題されたテキストの題名を日本語とフランス語で記しておいた。フランス語のテキストのタイトルには、France-examenというWebサイトへのリンクが貼ってある。このリンクをたどると、実際に出題された問題、およびその解答例を見ることができる。また、扱われた哲学テキストのうち、和訳が出ているものは、その旨を脚注に記しておいた。
人文系 (littéraire; L)
- 2016年:ハンナ・アーレント『真理と政治』(Vérité et politique) [2]
- 2015年:アレクシ・ド・トクヴィル『アメリカの民主政治』(De la démocratie en Amérique) [3]
- 2014年:カール・ポパー『客観的知識』(La connaissance objective) [4]
- 2013年:ルネ・デカルト『エリザベトへの手紙』(Lettre à Elisabeth) [5]
- 2012年:ベネディクトゥス・デ・スピノザ『神学・政治論』(Traité théologico-politique) [6]
- 2011年:フリードリヒ・ニーチェ『悦ばしき知識』(Le gai savoir) [7]
- 2010年:トマス・アクィナス『神学大全』(La Somme théologique) [8]
- 2009年:アルトゥル・ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』(Le monde comme volonté et comme représentation) [9]
- 2008年:ジャン=ポール・サルトル『倫理学ノート』(Cahiers pour une morale)
- 2007年:アリストテレス『ニコマコス倫理学』(Ethique à Nicomaque) [10]
経済社会系 (économique et social; ES)
- 2016年:ルネ・デカルト『哲学原理』(Principes de la philosophie) [11]
- 2015年:ベネディクトゥス・デ・スピノザ『神学・政治論』(Traité théologico-politique)
- 2014年:ハンナ・アーレント『人間の条件』(Condition de l'homme moderne) [12]
- 2013年:アンセルムス『調和について』(De la concorde) [13]
- 2012年:ジョージ・バークリー『受動的服従』(De l'obéissance passive)
- 2011年:セネカ『恩恵について』(Les bienfaits) [14]
- 2010年:エミール・デュルケム『道徳教育論』(L'éducation morale) [15]
- 2009年:ジョン・ロック『人間悟性論』(Essai sur l'entendement humain) [16]
- 2008年:アレクシ・ド・トクヴィル『アメリカの民主政治』(De la démocratie en Amérique)
- 2007年:フリードリヒ・ニーチェ『人間的な、あまりに人間的な』(Humain, trop humain) [17]
理系 (scientifique; S)
- 2016年:ニッコロ・マキアベリ『君主論』(Le Prince) [18]
- 2015年:キケロ『予言について』(De la divination)
- 2014年:ルネ・デカルト『精神指導の規則』(Règles pour la direction de l'esprit) [19]
- 2013年:アンリ・ベルクソン『思考と動き』(La pensée et le mouvant) [20]
- 2012年:ジャン=ジャック・ルソー『エミール』(Emile) [21]
- 2011年:ブレーズ・パスカル『パンセ』(Pensées) [22]
- 2010年:トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』(Léviathan) [23]
- 2009年:アレクシ・ド・トクヴィル『アメリカの民主政治』(De la démocratie en Amérique)
- 2008年:アルトゥル・ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』(Le monde comme volonté et comme représentation)
- 2007年:デイヴィッド・ヒューム『道徳原理の研究』(Enquête sur les principes de la morale) [24]
解説
以上の3専攻×10年=30問で、22人の哲学者が扱われている。女性はアーレントの1人のみで、残りは全員男性である。時代的に見ると、古代の哲学者が3人(アリストテレスとセネカとキケロ)で、中世の哲学者が2人(トマス・アクィナスとアンセルムス)であり、残りは近世以降の哲学者である。近世以降の哲学者は、16世紀初頭に活躍したマキアベリを除けば、17世紀 [25] ・18世紀 [26] ・19世紀 [27] ・20世紀 [28] にバランス良く分かれている。
地域的な面で言うと、ほぼ全員がヨーロッパの哲学者である。かろうじて、ドイツ生まれでアメリカに逃れたアーレントがヨーロッパ以外の地域の哲学者と言えなくもない。
ヨーロッパの中では、フランス・ドイツの哲学者が扱われることが多いが、ロックなどイギリス経験論の哲学者も少なくない。
なお、以下の6人の哲学者は複数回扱われている。
また、テキストの出典という面から言うと、以下の3つのテキストが複数回扱われている。
- なお、3つの問題をすべて解く必要はなく、受験者は1つを選択して答えれば良い。 [↩]
- みすず書房の『過去と未来の間――政治思想への8試論』の中に『真理と政治』の和訳が載っている。 [↩]
- 岩波文庫に『アメリカのデモクラシー』というタイトルの和訳がある。 [↩]
- 木鐸社の『客観的知識―進化論的アプローチ』という和訳がある。 [↩]
- 講談社学術文庫に『デカルト=エリザベト往復書簡』というタイトルの和訳がある。 [↩]
- 光文社古典新訳文庫の和訳がある。 [↩]
- ちくま学芸文庫の和訳がある。 [↩]
- 中公クラシックスの和訳がある。 [↩]
- 中公クラシックスの和訳がある。 [↩]
- 岩波文庫の和訳や光文社古典新訳文庫の和訳がある。 [↩]
- 岩波文庫に『哲学原理』というタイトルで和訳がある。岩波文庫には『デカルトの哲学原理』というものもあるが、こちらはスピノザの手によるもの。 [↩]
- ちくま学芸文庫の和訳がある。 [↩]
- 聖文舎のアンセルムス全集に「自由選択と予知、予定および神の恩寵の調和について」というタイトルで和訳がある。 [↩]
- 岩波書店のセネカ哲学全集第2巻 倫理論集IIに和訳が収録されている。 [↩]
- 講談社学術文庫の和訳がある。 [↩]
- 岩波文庫の和訳がある。 [↩]
- ちくま学芸文庫の和訳がある。 [↩]
- 講談社学術文庫の和訳や中公文庫BIBLIOの和訳がある。 [↩]
- 岩波文庫の和訳がある。 [↩]
- 平凡社ライブラリーの和訳がある。 [↩]
- 岩波文庫の和訳がある。 [↩]
- 中公クラシックスの和訳や岩波文庫の和訳がある。 [↩]
- 中公クラシックスの和訳や光文社古典新訳文庫の和訳がある。 [↩]
- 晢書房からの和訳がある。 [↩]
- デカルト・パスカル・スピノザ・ロック・ホッブズ。 [↩]
- バークリー・ルソー・ヒューム。 [↩]
- トクヴィル・ニーチェ・ショーペンハウアー。 [↩]
- ベルクソン・デュルケム・アーレント・ポパー・サルトル。ただし、ベルクソンやデュルケムは19世紀から活躍している。 [↩]