2023年のフランスのバカロレアの哲学の問題

概要
2023年6月14日にフランスで行われたバカロレアの哲学の試験でどういう問題が出題されたかを紹介。合わせて過去の類似問題も紹介。

バカロレアと哲学

この記事では、2023年のフランスのバカロレア試験の哲学の問題を紹介する。フランスにおけるバカロレア (baccalauréat) とは、中等教育修了に際しての資格であり、毎年6月にその資格を得るための国家的統一試験が実施される。

フランスのバカロレアには、一般バカロレア、技術バカロレア、職業バカロレアがある。これらのうち、一般バカロレアと技術バカロレアでは、哲学 (philosophie) という科目を受験することになっている。なお、一般バカロレアと技術バカロレアでは問題は別である。

一般バカロレアにせよ、技術バカロレアにせよ、哲学の試験時間は4時間である。3つの問題が出され、受験者はそのうち1問に答えることになる。1問目と2問目は哲学に関する問題が短い疑問文で与えられ、受験者はそれに対して自分なりに考えた上で文章を書くことが求められる。また、3問目は哲学者などによる文章を読み、その解説を書く問題になっている。なお、2023年は6月14日に哲学の試験があった。

バカロレアの哲学の試験についてもっと知りたければ、以下の新書を読むことをおすすめする。

この本は、バカロレアの哲学でどのような内容が扱われるのか、どのような解答を書けばよいのかといったことをコンパクトにまとめている。

また、同書の著者が書いた以下の論文もバカロレアの哲学試験、特にその評価を理解する際に役立つであろう。

一般バカロレアの哲学の問題

まずは、2023年の一般バカロレアの生徒に出された哲学の問題を見てみよう。一般バカロレアは、人文系・経済社会系・理系に分かれるが、どの専攻も問題は同じである [1] 。先に触れたように、以下の3問から1つ選んで書くことになる。

  1. Le bonheur est-il affaire de raison ? (幸福は理性に関わる事柄なのか?)
  2. Vouloir la paix, est-ce vouloir la justice ? (平和を望むことは正義を望むことなのか?)
  3. レヴィ=ストロース 『野性の思考』 (La Pensée sauvage) からの抜粋の解説
レヴィ=ストロース
レヴィ=ストロース [2]

問1のように幸福 (bonheur) に着目した問題としては、2014年の人文系の「幸せになるために何でもすべきか?」 (Doit-on tout faire pour être heureux ?) という問題がある。

問2で「正義」と訳した justice は、「公正」という意味もある。正義・公正をテーマとして問題としては、2021年の一般バカロレアの「何が正義かを決めることは国家に帰せられるのか?」(Revient-il à l’État de décider de ce qui est juste ?)、2018年の理系の「不公正を経験することは、公正であるものを知るのに不可欠であるか?」 (Éprouver l’injustice, est-ce nécessaire pour savoir ce qui est juste ?) などがある。

問3は、クロード・レヴィ=ストロースの著書『野性の思考』から抜粋された260語程度の文章を読んで、その解説を書く課題である。抜粋部分では、日曜大工をする人の道具の使い方についてエンジニアと比較する形で論じられている。出題された文章は長いので訳出しない。読みたい人は、Philosophie magazine での2023年バカロレア哲学の問題のページを参照のこと。2007年以降の出題を調べたところ、一般バカロレアでレヴィ=ストロースの文章が出されたことはなかった。今回が初めてかもしれない。

レヴィ=ストロース(1908−2009)はフランスの文化人類学者。構造主義の旗手として知られる20世紀の最も偉大な思想家の一人。『野性の思考』の日本語訳は大橋保夫が訳したものがみすず書房から出ている。

技術バカロレアの哲学の問題

次に、2023年の技術バカロレアの生徒に出された哲学の問題を見てみよう。

  1. L’art nous apprend-il quelque chose ? (芸術は我々に何かを教えるのか?)
  2. Transformer la nature, est-ce gagner en liberté ? (自然を改造することは、自由を得ることなのか?)
  3. アダム・スミス 『道徳感情論』 (Théorie des sentiments moraux) からの抜粋の解説
アダム・スミス
アダム・スミス [3]

問1のように芸術 (art) を扱う問題は頻出。2021年の一般バカロレアの「芸術の実践は世界を変えるのか?」 (Les pratiques artistiques transforment-elles le monde ?)、2019年の人文系の「芸術作品を解釈することは何になるのか?」 (À quoi bon expliquer une œuvre d’art ?)、2018年の経済社会系の「芸術に無関心であることは可能か?」(Peut-on être insensible à l’art ?) 、2017年の理系の「人は自らの文化から自由になることができるのか?」 (Peut-on se libérer de sa culture ?) などの出題例がある。

問2の自由 (liberté) も頻出の話題。例えば、2019年の理系の「義務を認識することは、自由を捨て去ることなのか?」 (Reconnaître ses devoirs, est-ce renoncer à sa liberté ?) などがある。自然と自由を一緒に扱った問題としては、2021年の技術バカロレアに「技術は我々を自然から自由にするのか(=解放するのか)」(La technique nous libère-t-elle de la nature ?) という問題がある。

問3は、アダム・スミスの著書『道徳感情論』から抜粋された310語程度の文章を読んで、その解説を書く課題である。抜粋部分では、不注意を罰することが論じられている。出題された文章は長いので訳出しない。読みたい人は、Philosophie magazine での2023年バカロレア哲学の問題のページを参照のこと。

アダム・スミス(1723−1790)はイギリスの経済学者。古典派経済学を立ち上げた人物で、歴史上最も重要な経済学者の一人。『道徳感情論』の日本語訳としては、水田洋訳の岩波文庫、高哲男訳の講談社学術文庫が出ている。

脚注
  1. 2019年までは人文系・経済社会系・理系のそれぞれで違う問題だった []
  2. Wikimedia Commons から UNESCO/Michel Ravassard による CC BY 3.0 画像を利用。 []
  3. Wikimedia Commons から パブリックドメイン画像を利用。 []