【翻訳】ダメな統計学 (1) はじめに

概要
この章では、科学界に統計上の誤りが広く見られ、それが問題になっていることを説明している。

本文

『ダメな統計学』の目次は「ダメな統計学:目次」を参照のこと。

ダレル・ハフは彼の有名な著作『統計でウソをつく法 [1] の最後の章で、「医療の専門家らしいところがあるもの」や科学研究室・大学によって公刊されたものは信用する価値があると述べている [2] 。無条件の信用ではないが、メディアやいかがわしい政治家に対する信用よりも確実に信頼が置ける。何しろハフは『統計でウソをつく法』という本の全てを政治やメディアでの人を惑わせる統計的なまやかしで埋めていたぐらいだが、訓練されたプロの科学者による統計について文句をつける人はほとんどいない。科学者は、政敵に対して用いるような攻撃手段ではなくて、理解を追い求めるのだ。

統計データの分析は科学にとっての基礎である。お気に入りの医学誌の中からランダムに1ページを開けば、統計——$t$検定、$p$、比例ハザードモデル、リスク比、ロジスティック回帰、最小二乗適合、信頼区間——に圧倒されるだろう。統計学者は複雑なデータセットのほとんどに対して秩序と意味を見いだすための巨大な力を持つ手法を科学者に提供し、科学者は大喜びでこうした手法を受け入れてきた。

科学というカップの中には、統計という大空が広がっている。それをうまく使うことが必ずしもできていないが。
科学というカップの中には、統計という大空が広がっている。それをうまく使うことが必ずしもできていないが。 [3]

しかし、科学者は統計教育を受け入れてこなかった。そして、科学の学部課程の多くで、統計の訓練を全く求めていない。

1980年代以降、研究者は評判の良い査読 [4] つきの科学文献における多数の統計的な誤謬と誤解を説明し、多くの科学論文——半分以上かもしれない——がこうした誤りにはまっていることを示している。多くの研究で検定力の不足によって、探求しようとしていることが発見できなくなっている。多重比較と$p$値の解釈の誤りによって、多数の偽陽性が引き起こされている。融通ゆうづう無碍むげなデータ分析によって、何も存在しないところに相関関係を発見することが簡単になっている。問題はごまかしが行われていることではない。問題は貧弱な統計教育だ。公刊された研究上の発見のほとんどが誤っているかもしれないと一部の科学者が結論づけるのに十分なほど、貧弱なのだ [5]

以下に記されるのは、科学の名の下に日常的に行われるとんでもない統計の誤りのリストである。以下では、統計の方法についての知識がないものとして話を進める。多くの科学者は正式な統計の訓練を受けていないからだ。そして、注意しておこう。こうした誤りを一度学んだら、あちこちでその誤りを見ることになるだろう。驚かないでほしい。このことは、現代科学のすべてを否定し、瀉血しゃけつとヒル [6] に戻すための根拠とはならない。これは、我々が必要としている科学を改善するための要望なのだ。

この文章の続きは「データ分析入門」を参照のこと。

脚注
  1. 訳注:ダレル・ハフ (Darrell Huff, 1913-2001) はアメリカの著述家である。統計の専門家というわけではなかったが、彼が書いた『統計でウソをつく法』 (How to Lie with Statistics) は英語版だけで50万冊以上売れた (J. M. Steele. Darrell Huff and fifty years of How to Lie with Statistics. Statistical Science, 20:205–209, 2005.)。 []
  2. 訳注:ここの部分だけ見ていると、ハフが医療専門家などを信用すべきだと言っているようにも見えるが、ハフは別に医療専門家などを信用すべきだと言っていたわけではない。『統計でウソをつく法』ではむしろ有名大学からのものだと述べるはったりから信用しないように気をつけようと言っている。 []
  3. 画像出典:PixabayよりBonnybbx氏のパブリックドメイン画像を使用。 []
  4. 訳注:科学者が学術誌に論文を載せようとして、学術誌の担当者に論文を送りつけたとしても、すぐにその論文が掲載されるわけではない。学術誌側は、掲載する前に届いた論文が学問的な意味で問題がないかを調べる。このことを査読 (peer review) という。査読で問題がないと判断されて始めて論文として学術誌に掲載され、公刊される。 []
  5. 原注:J. P. A. Ioannidis. Why most published research findings are false. PLoS Medicine, 2:e124, 2005. []
  6. 訳注:かつての医学では、血を抜くこと(=瀉血)が病の治療になると考えていた。そして、血を抜くために吸血性のヒルという虫が用いられた。今では瀉血は科学的な根拠がないと否定されている。 []