はじめに

今日は台湾語・客家語に関するインターネット上のリソースを紹介する。これら2つの言語は両方とも台湾で話されている言語だ。
台湾語は、中国大陸の福建省南部 [1] から移住してきた人たちに由来する言語だ。福建省のことを「閩」(ビン)と言うので、福建省南部で話されている言葉を閩南語と言う。台湾語も閩南語の一種であると言えよう。以下に紹介するウェブサイトでは台湾語のことを「閩南語」と言ったり「台湾閩南語」と言ったりすることが多い。また、台湾語は福佬語(ホーロー語)と呼ばれることもある。
客家語(ハッカ語)は中国大陸の広東省・福建省・江西省を中心に話されている言語だ。大陸に住んでいた客家語話者が台湾に移住したため、台湾でも客家語が使用されている。台湾の客家語の状況については、「多言語共生社会、台湾における客家語」という一般向けの文章が参考になるだろう。
両言語とも文章に書かれることはあまりなく [2] 、基本的には口頭でしか用いられない言語である。文章にする場合は、ローマ字だけで書く場合と、漢字を交える場合と、がんばって漢字だけで書く場合がある。
なお、今回紹介するインターネットリソースは特に断りがない限り、標準中国語で書かれている。また、WindowsのInternet Explorerでないとうまく表示できないというウェブサイトも多いので、他のOS、他のブラウザを使っている方は注意されたい。
台湾語の辞書類
以下では、ネット上から引くことができる台湾語の辞書を紹介する。台湾語の紙の辞書については、東京大学教養学部報第546号の「〈辞典案内〉台湾語」という文章に紹介があるので、それを参考にすれば良いと思う。
教育部 臺灣閩南語常用詞辭典
ネット上で引ける台湾語の辞書として『教育部 臺灣閩南語常用詞辭典』というものがある。このウェブサイトでは、中国語から台湾語を引くこともできるし、台湾語から中国語を引くこともできる。また、台湾語の見出し語の音を聞くこともできる。また、単語によっては台湾各地の方言差も載っている。例えば、「申し訳ない」にあたる台湾語の単語の“歹勢”を調べると、鹿港ではphái-sèだが、宜蘭ではpháinn-sèとなるということが分かる。
この辞書は、台湾での台湾語教育、特に学校教育における台湾語教育で活用することが想定されている。
なお、同ウェブサイトのライセンスの説明によると、この辞書の「文字內容」はCreative Commons BY-ND 3.0ライセンスで提供されている。ということは、ライセンスに従っている限り、自由に転載できるし、商業利用に用いても良いということになるはずだ。これは、非常に素晴らしいことだと思う。
閩南語字彙
『閩南語字彙』という台湾語の辞典もオンラインで検索することが可能である。この辞典は台湾語の辞書と呼ぶべきもので、台湾語を漢字で表記したものに対して、中国語で説明を加えている。
基本的に漢字から検索する辞書なので、総画索引や部首索引を使って検索する。声母 [3] や韻母 [4] から検索することもできる。
臺日大辭典
『臺日大辭典』(台日大辞典)は1931年から1932年にかけて出版された台湾語の辞書である。これは、当時台湾を支配していた日本の台湾総督府が出版した辞書で、台湾語を見出し語として、それに日本語訳を与えている。80年以上前の辞書だが、台湾語の辞書でこれだけ大部のものはそれから出ていないため、今でも台湾語関係で使う人がいるそうだ。
台湾の中央研究院が作った「台語辭典(台日大辭典台語譯本)查詢」を使えば、『臺日大辭典』の内容を検索することができる。感じから検索することもできるし、ローマ字 [5] から検索することもできる。また、原本の該当するページをスキャンしたものも合わせて表示してくれる。和訳はこのスキャンしたものにしか載っていない。
『臺日大辭典』の原本は、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーから見ることができる。ただ、版面をスキャンしただけのものなので、検索には向かない。
なお、王順隆という人が2004年に個人で『新編台日大辞典』という紙の辞典を出版したそうだ。これは、台湾総督府の『臺日大辭典』をもとに、ローマ字表記を加え、原著の誤りを訂正したものだそうだ。
台文/華文線頂辭典
台文/華文線頂辭典というオンライン辞書では、台湾語から中国語を引くことと、中国語から台湾語を引くことが可能である。また台湾語の見出し語の音声を聞くことも可能である。
Maryknoll Taiwanese Dictionary
Maryknoll Taiwanese Dictionaryでは、台湾語の辞書をPDFにしたものを配付している。提供されているのは、Taiwanese-English Dictionary(台湾語英語辞典)とEnglish Amoy Dictionary(英語アモイ語 [6] 辞典)で、いずれもCreative Commons BY-NC-SA 3.0ライセンスである。
客家語の辞書類
教育部 臺灣客家語常用詞辭典
ネット上で引ける客家語の辞書として『教育部 臺灣客家語常用詞辭典』というものがある。このウェブサイトでは、中国語から客家語を引くこともできるし、客家語から中国語を引くこともできる。また、客家語の見出し語の音を聞くこともできる。音声は四縣音、海陸音、大埔音、饒平音、詔安音を収録している。客家語は地域によって発音が違う [7] ので、5種類も掲載しているのだ。なお、台湾の客家語で一番よく使われるのは四縣音である。
先ほど紹介した『教育部 臺灣閩南語常用詞辭典』と同様に、学校教育などでのにおける客家語教育での活用が期待されているものである。
なお、同ウェブサイトのライセンスの説明によると、この辞書の「文字內容」はCreative Commons BY-ND 3.0ライセンスで提供されている。ということは、ライセンスに従っている限り、自由に転載できるし、商業利用に用いても良いということになるはずだ。これは、非常に素晴らしいことだと思う。
客英辭典
ネット上から引ける客家語と英語の辞典として、中央研究院が作った「客英辭典查詢」というものがある。客家語のローマ字、漢字、英訳から検索することができる。これは、キリスト教の宣教師が編んだ客家語の辞書A Chinese-English Dictionary: Hakka-Dialect as Spoken in Kwang-tung Province [8] をもととしている。なお、原著をスキャンしたものが、香港大学図書館のウェブサイトでA Chinese-English Dictionary: Hakka-Dialect as Spoken in Kwang-tung Provinceというタイトルで公開されている。
臺灣客語詞彙資料庫
臺灣客語詞彙資料庫は辞書と言うよりもウェブ上で閲覧できる客家語の単語集である。単語・例文ともに音声が収録されている。「分類索引」があり、例えば親族名称であるとか交通に関する単語であるとかをまとめて見ることができる。
教材
台湾の國家教育研究院のウェブサイトに、『部編版客家語分級教材』という客家語の教科書が公開されている。これは、台湾の小中学生向けに書かれたもので、教科書・教師用指導書・単語カード・音声ファイルがある。これらはすべて同ウェブサイトを通じて無料でダウンロードすることができる。この教材は、客家語の発音に応じて6つのバージョン(四縣、海陸、大埔、饒平、詔安、南四縣)がある。各バージョンは9学年分あり、1年生から9年生 [9] で使えるようになっている。なお、この教材は、Creative Commons BY-NC-ND 3.0ライセンスで提供されている。これもまた、ライセンスに従う限り、自由に使うことができて素晴らしいと思う。
また、台湾の教育部が作成した『母語學習fun輕鬆』というウェブサイトには、台湾の小学生向けの台湾語・客家語の音声教材がある。なお、アミ語やパイワン語などの先住民の言語の音声教材もある。Internet Explorerからでないとうまく見られないかもしれない。
台湾語のウェブ教材としては、臺灣閩南語羅馬拼音及其發音學習網というものもある。これは主に発音を学習できるウェブ教材である。また、これとは別に臺灣閩南語我嘛會 線上有聲功能網というウェブ教材では台湾語の単語を色々と紹介している。
(2013年6月10日追記:東京外国語大学のアジア・アフリカ言語文化研究所が実施した客家語の語学研修の教材が公開されている。田中智子氏による『客家語入門』と『客家語語彙集』が掲載されている。いずれも日本の初心者向けに書かれたものである。これらの教材で扱われているのは、四縣系に属する台湾の高雄市美濃の客家語である。)
キリスト教系の資料
台湾語や客家語に限らず、言語を調査する際は、キリスト教の宣教師が作った資料が役に立つことがある。キリスト教の宣教師は、福音を伝えるために伝道先の言語を学ぶ必要がある。聖書も現地の言語に訳す必要がある。このため、宣教師は言語に関する様々な資料を残している。
台湾の中央研究院が作った閩客語典蔵というウェブサイトでは、19世紀から20世紀にかけての台湾語や客家語で書かれた宣教師の文書を掲載している。当時の台湾語や客家語の状況を調べる際の重要な資料である。例えば、『台灣教會公報』というローマ字で書かれた台湾語の新聞のデータが掲載されている。閩客語典蔵の中国語版の「文獻檢索」というところに行けば、これらの宣教師資料を見ることができる。
また、上記のものとは別に、白話字數位典藏博物館というものがある。これは台湾語文学のデータベースで、ウェブ上で全文を閲覧可能。1910年代から60年代にかけてのキリスト教関連のものがほとんど。ローマ字だけの文章として閲覧することもできるし、漢字ローマ字混じりの文章として閲覧することもできる。
その他の資料
- オンライン百科事典サイトWikipediaには、閩南語版と客家語版がある。
- Tailinguaというウェブサイトは、台湾語の教科書にどのようなものがあるかといった、台湾語の学習に役立つ情報を英語で提供している。
- 台語文語詞檢索という台湾語のコンコーダンサがある。収録しているデータの量は、漢字ローマ字混じりの台湾語の文が581万6250音節、ローマ字のみの台湾語の文が349万0476音節だけあるとのこと。
- Twitterには、台湾閩南語bot (@taigibot) というアカウントがあり、台湾語の単語や文型を日本語訳とともにつぶやいている。
- 台灣語文學會のウェブサイトに台湾語のことわざが色々掲載されている。
- 國立台灣文學館の「資料庫」のページでは台湾文学に関する様々なデータベースが紹介されている。台湾文学で用いられる言語は多種多様であるが、その中には台湾語・客家語も含まれる。
- 臺灣新民報檢索系統:日本統治時代の台湾で発行されていた『臺灣新民報』という新聞をスキャンしたものが閲覧可能。この新聞には漢文欄があり、当時の台湾の書き言葉の様子を見る際に有用。
- 台語文數位典藏資料庫(第二階段):各種の台湾語文学を集めたデータベース。清国治下の時代(-1895)、日本統治時代(1895-1945)、戦後(1945-)の詩・散文・小説などを収録し、オンラインで見ることができる。また、文章を読み上げた音声もついている。
- (2013年3月7日追記:中国語方言字音データベースでは、漢字の台湾語・客家語での発音を調べることができる。なお、この他、北京語・上海語・潮州語・広東語での発音も載っている。このデータベースのインターフェースは日本語である。)
- アモイ・泉州・漳州など。 [↩]
- 何か文章を書く必要があれば標準中国語で書くのが普通。 [↩]
- 声母は中国音韻学の用語で、非常に大ざっぱに言うと、ある音節の頭にある子音に相当する。 [↩]
- 声母は中国音韻学の用語で、非常に大ざっぱに言うと、ある音節の声母以外の部分に相当する。 [↩]
- ローマ字のデータは後から足されたものである。『臺日大辭典』の原著において、台湾語の表記はローマ字を用いてない。代わりに、台湾語仮名というカタカナの一種を使って表記している。日本語版Wikipediaに「台湾語仮名」という項目があるので参考にされたい。 [↩]
- アモイは中国の福建省にある都市で、基本的に台湾語とアモイ語は相通じる。 [↩]
- 客家人が台湾に来てから発音が分かれたというわけではなく、もともと大陸にいたころからは地域によって発音が違っていて、別々の地域からばらばらに台湾に移住したので、現在の台湾には色んな発音の客家語が存在するというわけだ。 [↩]
- タイトルを和訳すると、『中英辞典――広東省で話される客家方言』となるだろう。 [↩]
- 日本で言うと、小学1年生から中学3年生までに相当。 [↩]