はじめに
令和4年度の大学入学共通テストの国語の第4問問4に漢詩の押韻に関する問題が出た。この問題は、高校生が普通に知っている範囲で解こうとすると、さして難しい問題ではない。実際、『令和4年度大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書』の「高等学校教科担当教員の意見・評価」(p.23)では「漢詩の基本的な知識を問う問題」と評価されている。
しかし、漢詩についてなまじ詳しく知っていると逆に難しい問題となってしまう。なんでそうなるのかちょっと書いてみたいと思う。
まず、問題を挙げよう。詩には本来返り点などがついているが省略した。
この問題を解くには、㋐ この詩はどんな形式の詩かをふまえ、㋑ [X] にどんな漢字が入るかを判断することになる。そして、㋑ を判断するには押韻に気づく必要がある。
ふつうの解き方
ふつうの知識がある受験生であれば、この問題を以下のように解くだろう。
どんな形式の詩かの判断
まず、この詩は七字×八句で構成されている。そして、高校の教科書などでは七言律詩は七字×八句だと書いている。ここから、この詩は七言律詩であると判断することになる。
この時点で選択肢は③か⑤にしぼることができる。
[X] にどんな漢字が入るかの判断
次に、[X] に入る漢字についての判断をしよう。この判断をするには [X] が偶数句末であることがかぎになる。七言律詩では、偶数句末で押韻しているはずである。
そこで偶数句末の漢字の音を見てみると、いずれも -a で終わっている。
- 第四句末:何 (ka)
- 第六句末:羅 (ra)
- 第八句末:過 (ka)
となると、-a で終わっていない「香」」を選んでいる⑤は誤りと言うことになる [1] 。これに対して、③は -a で終わる「歌」を選んでいるので、適切である。
よって、答えが③であることが分かる。ふつうの受験生であればこのように解くのではないだろうか。
厳密な解き方
しかし、漢詩についてしっかりと知識がある場合、上で述べた解き方はあらが目立つものになっている。もっと厳密に考えてみよう。
どんな形式の詩かの判断
この詩は七字×八句で構成されているが、そのことは直ちに七言律詩であることを意味しない。七言律詩は必ず七字×八句だが、七字×八句は必ずしも七言律詩にはならない。
実は、七言古詩も七字×八句になることがある。古詩は句数が特に決まっていないのだが、八句になることもあるのだ。
例えば、孟浩然の「夜帰鹿門歌」という七言古詩は、以下のように七字×八句である。
この詩は律詩としての条件を満たしておらず [2] 、七言律詩にはならない。
七字×八句の七言古詩があるということを念頭に置けば、選択肢②をそう簡単に排除できなくなる。もっとも、選択肢②では [X] に「舞」が入ると言っているため、これでは韻をふめていないではないかと考える人もいるかもしれない。しかし、選択肢②に「形式の制約が少ない七言古詩」とあるように、七言古詩は韻のふみかたも含めて制約が少ない。正直なところ、古詩であっても、[X] の箇所で押韻するのが一般的ではあると思う。しかし、制約が少ないために、韻をふめていない「舞」が入っても問題ないと強弁できなくもない。
いずれにせよ、七字×八句だからすぐに七言律詩だと判断するのは問題がある。そして、他の観点から七言古詩でなく、七言律詩であると判断する必要があるのである。
実は、七言律詩には他にも満たすべき条件がある。
- 適切な場所が対句になっていること
- 平仄が定まった形式に従っていること
- 所定の場所で平声の韻をふむこと
もしこの問題の詩がこれらの条件を満たしていれば、はっきりと七言律詩であると判断することができる。しかし、これらの条件を示すのは意外と難しい。
対句の判断の難しさ
まず、適切な場所が対句になっているか見てみよう。選択肢③に書いているように、一般的には頷聯(第3句と第4句)と頸聯(第5句と第6句)がそれぞれ対句になっている必要がある。
対句にするためには、対応する箇所が同じ性質を持っていなくてはならない。第3句と第4句を見てみよう。
第3句 | 第4句 | 文法的性質 |
---|---|---|
花 | 人 | 名詞 |
為 | 随 | 動詞 |
我 | 春 | 名詞 |
開 | 去 | 動詞 |
留…住 | 奈…何 | ※以下参照 |
我 | 春 | 名詞 |
ここで、「留…住」と「奈…何」の組み合わせの判定が難しい。中国語の文法としては、これらは動詞的に用いられ、間に名詞をはさみうる組み合わせである。こうした共通した性質を持つので対句となる。ただ、「留…住」と「奈…何」が共通した性質を持つことは、訓読文からは分かりにくい。現代中国語を知っていると「留…住」のような構文はよく出てくるのですぐに理解できる。しかし、高校の漢文ではあまり扱わないだろう。
第5句と第6句については比較的分かりやすい。
第5句 | 第6句 | 文法的性質 |
---|---|---|
思翁 | 仙蝶 | 名詞 |
夢 | 図 | 名詞 |
好 | 成 | 動詞 |
遺 | 染 | 動詞 |
書扇 | 袖羅 | 名詞 |
上の表にまとめてあるように、しっかりと対応する箇所が同じ性質を持っていて対句になっている。
平仄の判断の難しさ
次に「平仄」というものを考えなくてはならない。
平仄とは何か。漢字は音の高低などにより、平声と仄声の2つに分類される。この平声と仄声を合わせて平仄という。
絶句や律詩は、昔の中国語の発音に準拠している。この昔の中国語の発音では、音の高低などにより漢字 [3] を以下の4種類の声調に分類する。
- 平声
- 上声
- 去声
- 入声
そして、このうち上声・去声・入声は「仄声」と総称される。つまり、平声と仄声に大別されるということである。
絶句や律詩は、どこに平声が来て、どこに仄声が来るかが決まっている。それゆえに、平声が来るべき場所に、仄声が来ると変になってしまうのだ。
結論だけ言うと、今扱っている令和4年度の大学入学共通テストの漢詩は、律詩としての平仄のルールに合致している。ただ、合致しているかを判断するためには、個々の漢字の平仄が分からなくてはならない。個々の漢字の平仄を知っている受験生はまれだろうから、真面目に解こうとするとこの問題に答えることはできなくなるだろう。
韻の判断の難しさ
先に述べたふつうの解き方では、あくまでも日本語の漢字音をもとに押韻を考えた。しかし、これは適切なやり方ではない。漢詩の押韻について考えるには、(昔の)中国語での音で考えなくてはならない。
例えば、「厚」と「公」は日本語の漢字音だと両方とも「コウ」となり押韻できそうであるが、中国語の音では全然別のものになる。「厚」は -ou という韻、「公」は -ong という韻なので、押韻できないのだ。しかも、「厚」は去声(すなわち仄声でもある)で、「公」は平声である。平仄が違うので、韻の踏みようがないのだ。
さて、七言律詩の場合、ふつうは1句目の末と偶数句末で平声で押韻する。今回の大学入学共通テストの漢詩で、押韻すべき場所にある漢字は以下の通りである。
- 多
- 何
- 羅
- 過
「多」・「何」・「羅」は、歌韻という韻に属している。さらに、歌韻に属する字は平声である。よって、これらについては平声で押韻できている。
ここで、最後の「過」がややこしい。「過」は平声で発音することも、去声で発音することもある。そのどちらに当たるかを判断する必要がある。『広韻』という韻をまとめた書物がある。この書物では、平声の「過」については語釈として「経也、又過所也」とある。つまり、経るという意味の「過」は平声になるということである。これに対し、去声の「過」については「誤也、越也、責也、度也」とある。誤るなどといった意味の「過」は去声になる。
今回の漢詩の内容からすると、経るという意味に近いから、ここの「過」は平声で発音することになる。そして平声で発音する場合の「過」は歌韻に属する。
よって、空欄の [X] はとりあえずさておき、その他の場所はしっかりと1句目の末と偶数句末で平声で押韻できていることになる。
今までのことを踏まえると、この問題の詩は以下の条件を満たしており、なおかつ七字×八句で構成されているので、七言律詩と言える。
- 適切な場所が対句になっていること
- 平仄が定まった形式に従っていること
- 所定の場所で平声の韻をふむこと
[X] にどんな漢字が入るかの判断
最後に空欄の [X] に入るべき漢字を考えよう。ここは押韻すべき位置である。先に述べたように、この詩は歌韻で押韻している。選択肢の中で、歌韻になっている漢字は選択肢③の「歌」のみである。よって、③が正解であると判断できる。