『マンガでわかる統計学』
「統計って、今まで全然勉強したことはないけれども、将来必要になるかもしれないから、勉強してみようかな」とか、「統計を勉強してみたいとは思ってるんだけど、何から始めれば良いか見当がつかないんだよね」と思っている人は少なくないと思う。こうした人、すなわち統計学についてほとんど何も知らない人は何を使って勉強し始めれば良いのだろうか。
こうした初心者は、まず入門として『マンガでわかる統計学』という本を読むのが良いと私は考えている。この本は、統計に関する知識がほとんどない人にとって、わかりやすく、そして取り組みやすい本だ。
- 高橋信. (2004). 『マンガでわかる統計学』 東京:オーム社.
この『マンガでわかる統計学』という本は、統計について特に何も知らない女子高生のルイちゃんが家庭教師に統計を教えてもらうというストーリー [1] になっている。そして、読者はルイちゃんと一緒に、データの集計の方法から簡単な仮説検定 [2] までを学ぶことができる。
なお、同名の書籍や類似したタイトルの書籍もあるので、手に入れるときは間違えないように注意が必要だ。ここで紹介しているのは、オーム社が出している女の子が表紙に載っているものだ。
知識が定着しやすいストーリー展開
マンガという形式であるから、あまりちゃんとした教科書でないと考える人もいるかもしれない。しかし、この本は、統計に関する記述が正確に書かれており、非常に有用だ。しかも、マンガという形式を効果的に用いて、知識を定着しやすくしている。
「マンガでわかる」とか「マンガで学ぶ」というタイトルが付いている本は、往々にしてマンガが添え物のようになってしまって、結局は地の文ばかり読む必要が出てきてしまいがちである。つまり、マンガがなくても地の文だけ読めば済むようなものになりがちだ。しかし、この『マンガでわかる統計学』は違う。マンガの部分を読むことで、統計に関する内容を理解することができる。
さらに、世にあふれる「マンガでわかる」と称する本は、マンガを挿絵のように使い、マンガとマンガの間にストーリーの関連がないものが多い。だが、『マンガでわかる統計学』はストーリー展開もしっかりしている。人間はストーリー展開があれば、知識をストーリーと関連づけることで、覚えやすくなる。この本では、ストーリーの流れに乗って、登場人物と一緒に読者も考えたり計算したりすることでどんどん知識を深めることができる。
なお、この本を読むときは、ぜひ自分で手を動かして勉強するようにしよう。わかりやすいマンガがからすらすら読めてしまうだろうが、自分で手を動かして考えてみれば、知識がより定着するようになると思う。なお、「オーム社『マンガでわかる統計学』シリーズの演習Excelファイル」が公開されているので、数値を計算するときはそちらのExcelデータを使うと良いだろう。
基礎の基礎を重視した内容
『マンガでわかる統計学』で扱われている内容は、初心者向けに徹底的に基礎の基礎を重視している。
日本の典型的な統計の教科書では、データをどう集めるかについてあまり触れずに、いきなり推定や検定といったデータから予測する方法について説明することが少なくない。これだと、どうやってデータを集めれば良いのかの見当がつかないので、せっかくデータから予測する方法を知っていても役に立たなくなってしまう。
しかし、『マンガでわかる統計学』はそうではない。データというものはどういう性質があるか、どう集計すればよいかということを本の前半を使ってしっかりと説明している。こうした基礎の基礎を重視してちゃんと説明しているのが、初心者にとってはうれしいことなのだ。
また、入門書では初心者にわかりやすくするために、あまり正確ではない記述をすることが少なくない。特に、統計で良く扱われるp値については、有名な入門書でも記述が怪しいところがあったりする。この点、『マンガでわかる統計学』はかなり正確な記述をしている。
なお、『マンガでわかる統計学』は様々な言語に翻訳されている。ここでは、英語版・ドイツ語版の書誌情報も挙げておこう。
- 英語版:Takahashi, S. (2008). The Manga Guide to Statistics. San Francisco, CA: No Starch Press.
- ドイツ語版:Takahashi, S. (2008). Mathe-Manga Statistik. Wiesbaden, Germany: Vieweg+Teubner Verlag.
その次に読むべき本
『マンガでわかる統計学』を読み終わったら、次に何を読むべきだろうか。これは人によって異なると考えられる。
数学を勉強しよう
もし数学についてよく知らないのであれば、次に読むべきなのは統計の教科書ではなく、数学の教科書だ。しっかりとした統計の教科書にはたくさんの数式が出てくるので、数学の知識がなければちゃんと読むことができない [4] 。数式がたくさん出てくるのは嫌だと考える人もいるだろうが、いずれにせよ難しい統計の教科書を読む際には数式が不可避だ。先に勉強しておけば、後で楽になる。
とりあえず、高校で習う程度の数学を理解していれば何とかなる。こうした内容を勉強したかったら、高校生向けの数学の参考書でも買って読めば良い。書店に行って、自分の肌に合った本を探すのが一番良いだろう。簡単な練習問題が付いている本を買えば、問題を解きながら理解を深めていくことができるので、そういう本を探してみると良いだろう。
もっと本格的な入門書を読もう
数学を理解しているのならば、もっと本格的な入門書を読もう。『マンガでわかる統計学』も入門書だが、これだけ読んで高度な統計に直接進むのはつらい。高度な統計を勉強する前に、基礎をもっとしっかり固めよう。
例えば、『一般線形モデルによる生物科学のための現代統計学』という本を読んでみるのも悪くない。この本のタイトルには「生物科学のための」と書かれているが、生物科学と関係ない人が読んでも問題はない。この本で挙げられている事例は生物科学に関するものが多いが、特に生物科学の前提知識がなくても十分に理解することができるのだ。この本は元々英語で書かれたもので、原著のタイトルは、Modern Statistics for Life Sciences である。英語を読むことに抵抗がないのであれば、原著を読んでも良い。この本の英語は比較的平易なので、英語がさほど得意でなくても読むのは難しくないはずだ。
- Grafen, A. & Hails, R. (2002). Modern Statistics for Life Sciences. Oxford: Oxford University Press.
- グラフェン&ヘイルズ(著)野間口謙太郎・野間口眞太郎(訳) (2007). 『一般線形モデルによる生物科学のための現代統計学』東京:共立出版.
なお、この本は頭から読むのではなく、後ろの方についている「復習」のセクションから読むと良い。このセクションでは、『マンガでわかる統計学』で扱われたような内容についてごく簡単にまとめられている。ここを読んでしっかり復習しよう。
また、別の本格的な入門書として、東大教養学部の統計学教室が編集した『基礎統計学I 統計学入門』という本を読むことを勧める。
- 東京大学教養学部統計学教室〔編〕 (1991). 『基礎統計学I 統計学入門』 東京:東京大学出版会.
この本が扱っている範囲は『マンガでわかる統計学』とほぼ同じだが、『マンガでわかる統計学』に比べて数学的な背景がより詳しく書かれている。こうした数学的な背景をちゃんと知っておくと、あとで高度な統計書を読む時に非常に役立つ。とは言え、この本は結構難しい。だから一度読んでもなかなか理解できないかもしれない。特に、この本の5章から8章は結構難しい。最初に読む時は飛ばしてしまってかまわない。これらの章は、統計にもっと慣れてから読んでも十分間に合う。
また、自分の関心のある分野の定評のある入門書を読むというのも良い。自分の考えたい問題に引きつけて理解できるからだ。
例えば、心理学研究で統計を使いたい人ならば、以下の3冊をセットで読むと良い。なお、2冊目は1冊目に準拠した問題集だ。
- 南風原朝和 (2002). 『心理統計学の基礎――統合的理解のために』 東京:有斐閣.
- 南風原朝和・平井洋子・杉澤武俊 (2009). 『心理統計学ワークブック――理解の確認と深化のために』 東京:有斐閣.
- 南風原朝和 (2014). 『続・心理統計学の基礎――統合的理解を広げ深める』 東京:有斐閣.
また、言語研究で統計を使いたい人ならば、「言語研究者のための統計の学び方―基礎を身につける」という記事に書いたように以下の本がおすすめだ。
- Woods, A., Fletcher, P. & Hughes, A. (1986). Statistics in Language Studies. Cambridge University Press.
『マンガでわかる統計学』の姉妹本
『マンガでわかる統計学』の言わば姉妹本として、回帰分析、因子分析といったやや高度な統計手法について触れた書籍も出ている。どちらも『マンガでわかる統計学』のわかりやすさを受けついでいる良書である。
- 高橋信 (2005). 『マンガでわかる統計学 回帰分析編』 東京:オーム社.
- 高橋信 (2006). 『マンガでわかる統計学 因子分析編』 東京:オーム社.
『回帰分析編』の方は、有る変数がわかったときに別の変数について予測を行う回帰分析という手法について扱っている。ちなみに、この本に出てくる女の子たちは、『マンガでわかる統計学』に出てきたルイちゃんでなく、ノルンという喫茶店のアルバイトの女の子である。
最初の章は、回帰分析を行うために必要な数学的知識について紹介している。やはり数学をちゃんと知らないと太刀打ちできないのだ。その後、最も単純な形の回帰分析が紹介される。さらに、重回帰分析、ロジスティック回帰分析といったより高度な手法が紹介される。
『因子分析編』の方は、アンケートの結果などから潜在的な特徴を抽出する因子分析という手法 [5] について説明している [6] 。この本の良いところは、因子分析そのものの説明だけでなく、因子分析を行う対象となるデータをどのように集めるのかということも触れているところである。具体的には、アンケートをどのように作って、アンケート対象者をどのように集めるべきかということを最初の2章でしっかりと触れている。
とは言え、因子分析は結構難しい分析手法なのでしっかりと理解するにはなかなか大変である。この本の第3章に数学に関する説明があるが、それだけで数学を理解するのはなかなか難しいと思う。だから、この本に掲げられている因子分析の内容を確実にものにしたければ、先ほど述べたようにどこかで数学を勉強しておくべきだ。
- なぜ女子高生が突然統計の勉強を始めるというかというと、ルイちゃんがイケメンと統計が勉強したいと思ったからだ。 [↩]
- 2つのグループで比率が同じかといったように数式の形で表現された仮説について、どれだけありうるかを調べる統計の手法。 [↩]
- Pixabayより、annazuc氏によるパブリックドメイン画像を使用。 [↩]
- 「数式が要らない」ことを売りにしている統計の教科書は少なくないが、正直なところ数式をちゃんと理解せずに済ませられる範囲は統計のごく簡単なところだけである。こうした簡単なところは、『マンガでわかる統計学』で大体扱われている。また、もっと難しい統計的な手法になると、数学を知らずに理解するのは難しい。 [↩]
- なお、この本では因子分析だけでなく主成分分析という手法についても紹介されている。 [↩]
- ちなみにこちらにはルイちゃんが出てくる。 [↩]