丁寧な証明

概要
「丁寧な証明を与える」の「丁寧な証明」が何であるかを説明(ネタ)。

はじめに

数学の本などで「○○について丁寧な証明を与える」と書かれていることがあります。この「丁寧な証明」とは何でしょうか。

以下で、どんなものが丁寧な証明になるのか、簡単に説明しておきたいと思います。

問題

証明するときには、まずどんなことを証明するのかはっきりさせましょう。例えば、以下のような形でお題が与えられるはずです。

AB = AC である二等辺三角形ABCにおいて、AからBCに下ろした垂線の足をHとする。また、直線AH上に AH = HD となるように点Dを置く。このとき、三角形ABHが三角形DCHと合同であることを証明せよ。

「証明せよ」という強い語気でせまられても、そこで怒ってはなりません。相手が丁寧でないからと言って、こちらが丁寧でなくなってしまっては相手の思うつぼです。あくまでも丁寧な証明をするということを忘れないようにしましょう。

問題の設定を示す図。ここで、△ABH≡△DCHを示すことになる。
問題の設定を示す図。ここで、△ABH≡△DCHを示すことになる。

証明の始め方

いきなり証明の本筋を話しはじめるのはやめましょう。突然話しはじめるのはいかにもぶっきらぼうで、丁寧さが感じられません。

まずは、証明という貴重な機会を与えてくれたことを感謝しましょう。第一印象はとっても大事です。冒頭が丁寧であれば、きっと全体的に丁寧だという印象を持ってもらえるでしょう。

実際の証明に当たっては、以下のように始めると良いでしょう。

わたくしのようなものに証明という貴重な機会を与えていただき、誠にありがとうございます。未熟な身ではございますが、精一杯努めさせていただきたいと思います。それでは、証明を始めさせていただきます。

ここで、へりくだった話し方をすることが大事になります。そうすることで、あなたが謙虚で丁寧な人物であると伝えることができます。

証拠を挙げる

よく「仮定より AH = HD である」としか書かない人がいます。このようにはっきり直接的に言うと、どうしてもきつい物言いになります。これは場を乱すもので、とても丁寧なものとは言えません。

丁寧な証明にするには、あくまでも謙虚に、そして直接的にならないようにしましょう。例えば、次のようにしてみてはいかがでしょうか。

誠に心苦しいところではございますが、与えられました仮定にもとづきまして、AH = HD とするのが良いかと考えております。

「一般に」という言い方は強すぎます。本当は全部の二等辺三角形でそうなると信じていたとしても、「多くの場合」とお茶を濁すようにしましょう

また、多くの場合、二等辺三角形の頂点から下ろした垂線は、底辺の垂直二等分線になると聞きおよんでおります。このため、おそらく、BH = CH となるのではないかと存じます。また、∠AHB = ∠DHC = 90° となるのではないかとも考えております。

自分がそう判断したのではなく、「聞きおよんでおります」と婉曲的に述べることも重要です。自分が判断したように記してしまいますと、自分が中心で、自分さえ良ければ良いと考えていると思われてしまいます。つまり、独りよがりで丁寧さの足りない人間だと思われてしまうわけです。このようなことを防ぐためにも、婉曲的に述べるようにしましょう。

証拠をまとめる

ここまでで、合同であることの証拠を色々と挙げてきましたので、最後に証拠をまとめて証明を終えましょう。ここでも礼儀正しく、丁寧にすることが大事です。

ところで、三角形の合同条件というものがございます。その中に、「2辺とその間の角が等しい」場合は合同になるというものがございます。今までの経緯を踏まえますと、三角形ABHと三角形DCHについても、この条件に当てはまるのではないでしょうか。

最後の文で「当てはまるのではないでしょうか」と、問いかけの形にするのがポイントです。証明を終える段階では、相手に訴えかけるためにこうした問いかけを用いるのが効果的です。ただし、訴えかけると言っても、高圧的になってはいけません。あくまでも下手に出て、丁寧に訴えかけましょう。

おそらく、この2つの三角形も合同になりたいと考えているのでしょう。そこをないがしろにするわけにはならないと、みなさまもお思いではございませんでしょうか。ですから、ぜひ三角形ABHと三角形DCHが合同であるということを信じてください。このたびは貴重な時間を割いていただき、誠にありがとうございました。

論理がしっかりしているだけでは単なる証明にしかなりません。情緒に訴えかけることが大事です。ある有名な数学者が、『国家の品格』という本で、「『論理』だけでは世界が破綻する」と言っていたぐらいですからね [1]

また、最後に謝礼を述べることも大事です。「証明してやったぞ」という上から目線に立ってはなりません。自分の証明に関心を持っていただいて良かったという旨を相手に丁寧に伝えましょう。

おわりに

それでは、今までの証明をまとめてみましょう。

わたくしのようなものに証明という貴重な機会を与えていただき、誠にありがとうございます。未熟な身ではございますが、精一杯努めさせていただきたいと思います。それでは、証明を始めさせていただきます。

誠に心苦しいところではございますが、与えられました仮定にもとづきまして、AH = HD とするのが良いかと考えております。

また、多くの場合、二等辺三角形の頂点から下ろした垂線は、底辺の垂直二等分線になると聞きおよんでおります。このため、おそらく、BH = CH となるのではないかと存じます。また、∠AHB = ∠DHC = 90° となるのではないかとも考えております。

ところで、三角形の合同条件というものがございます。その中に、「2辺とその間の角が等しい」場合は合同になるというものがございます。今までの経緯を踏まえますと、三角形ABHと三角形DCHについても、この条件に当てはまるのではないでしょうか。

おそらく、この2つの三角形も合同になりたいと考えているのでしょう。そこをないがしろにするわけにはならないと、みなさまもお思いではございませんでしょうか。ですから、ぜひ三角形ABHと三角形DCHが合同であるということを信じてください。ご清聴ありがとうございました。

いかがでしたか。大事なことは、丁寧にするという気持ちです。乱雑なものを交えず、ひたすら丁寧でありつづけようという気持ちが、丁寧な証明を生みます。

注意書き

良い子のみんな、これは、あくまでもネタだからね。絶対に真似しちゃダメだよ! というか、こんな言葉遣いで証明なんてされてたまるもんか!

なお、まじめな話をすると、「丁寧な証明」とは、途中式をあまり省略せずに、論理展開のポイントを1つ1つ追っていくような証明を指すのだと思う。

脚注
  1. 藤原正彦.(2005). 『国家の品格』東京:新潮社. []