orange という英単語と完全に韻を踏む単語はなかなかないという話

概要
orangeという単語の発音と、英語の韻についての話。

韻を踏むこと

英語の詩では、いんを踏むということがしばしば行われる。これは同じ詩の似たような位置で似たような発音となる語を繰り返すというものだ。特に、行末が同じ音になるように韻を踏むことが多い。例えば、シェイクスピアのソネット116番の第2連では以下に示すように、1行おきに行末に同じ発音が来ている。

O no! It is an ever-fixed mark

That looks on tempests and is never shaken;

It is the star to every wandering bark,

Whose worth’s unknown, although his height be taken.

Sonnet 116

上の例では、1行目の末尾と3行目の末尾で -ark という同じ音が繰り返されている。また、2行目と4行目についても、それぞれの末尾で -aken という同じ音が繰り返されている。つまり、1行目と3行目で韻が踏まれ、2行目と4行目で韻が踏まれているということになる。

英語の詩では、先に挙げた例のように行末で韻を踏むことが多い。このため、詩を作るにあたっては同じ発音で終わっている単語のペアをうまく見つける必要がある。例えば、lake という単語を詩の行末に使いたい場合、 make, bake, fakeなどといった同じ発音で終わる単語を持ってくればよいのである。

だが、こういったうまく韻を踏むことができる単語はいつもあるわけではない。よく使われる単語であっても、それとうまく韻を踏む単語がないということがあるのだ。orange (オレンジ)という単語もその1つである。orange と完全に韻を踏む単語は、英語で普通に使う単語の中では存在しないと言われている。これはどういうことか、以下で詳しく見ていきたいと思う。

orange の発音

orange
orange [1]

英語の orange という単語の発音はカタカナで表せば「オンジ」というよりは、「オーリンジ」に近い。ポイントは、1つ目の音節、すなわち最初の o の部分にアクセントが来るといういうことだ。2つ目の音節にアクセントを置いた発音にならないように気をつけたい。

ちなみに、orange の発音を発音記号を使って表せば /ˈɔrɪnʤ/ となる。

なお、英語の他の単語で range で終わるものは、大概「レインジ」という発音になるので注意が必要である。例えば、arrange(整える)は「アレインジ」(/əˈreɪnʤ/) という発音になるし、strange(奇妙な)は「ストレインジ」(/ˈstreɪnʤ/) という発音になる。

orange と韻を踏む単語

先に述べたように orange と完全に韻を踏む単語は、英語で普通に使う単語の中では存在しないと言われている。

だが、orange と末尾の発音が同じである単語は結構存在している。例えば、hinge(ちょうつがい)は /ˈhɪnʤ/ という発音になり、orange の /ˈɔrɪnʤ/ という発音を踏まえると、末尾の /ɪnʤ/ という部分、つまりカタカナで表せば「インジ」という部分が同じ発音になっている。また、change(変える)は /ˈʧeɪnʤ/ という発音で最後の /nʤ/ という部分、つまりカタカナで表せば「ンジ」という部分が同じ発音になっている。

こうした hinge や change は、orange と韻を踏むとは言えないのだろうか。実は、英語の韻の考え方からすると、こうした単語は、orange と不完全に韻を踏んでいるだけに過ぎない。完全に韻を踏んでいるわけではないのだ。

それでは、完全と不完全にはどのような違いがあるのだろうか。

完全韻と不完全韻

英語で完全に韻を踏むといった場合、普通は、アクセントがある母音から単語の末尾までの発音がまったく同じである必要がある。こうしたものを専門的には、完全韻 (full rhyme) [2] と呼ぶ。

例えば、passion(情熱)という単語は、aにアクセントがあるので、ここから語末まで、すなわち assionという部分の発音がまったく同じである単語だけが完全に韻を踏む単語になる。発音記号で言えば、passion の発音は /ˈpæʃən/ になるので、/æʃən/で終わる単語だけが完全に韻を踏む単語になる。ここで、fashion(ファッション)は passion と完全に韻を踏む。なぜかと言えば、fashion のアクセントがある母音から末尾までに相当する ashion という部分が passion の assion という部分とまったく同じ発音になるからだ。発音記号を用いれば、fashion は /ˈfæʃən/ となるので、末尾が /æʃən/ になる点で passion と同じになるのである。つまりは、passion と fashion は完全韻の関係にある。

これに対して、passion と session(開会、会期)は完全に韻を踏む単語のペアではない。passion も session も「ション」/ʃən/ という同じ音で終わっているのだが、ここにはアクセントがある母音が含まれていない。先に述べたように、完全に韻を踏むためにはアクセントがある母音から単語の末尾までの発音がまったく同じである必要がある。session の発音は発音記号を用いれば、/ˈsɛʃən/ となるので、アクセントがある母音から単語の末尾までの発音は /ɛʃən/ となる。passion のアクセントがある母音から単語の末尾までの /æʃən/ とは違うのである。このため、passion と session は完全に韻を踏んでいるとは言えないのだ。

ただし、passion と session は発音が全然違うわけではない。少なくとも、最後の「ション」/ʃən/ というのは共通している。アクセントがある母音から単語の末尾までの発音がまったく同じというわけではないが、大ざっぱに似ているところがあるならば、不完全に韻を踏んでいると考えることもできる。こういうものを専門的には不完全韻 (slant rhyme) と呼ぶ。この概念を用いれば、passion と session は完全韻でなく、不完全韻として捉えることができる。

orange と完全に韻を踏むもの

今まで見てきたように、完全に韻を踏むためには、アクセントがある母音から単語の最後までの発音が同じである必要がある。orange は最初の o にアクセントがあるから、orange 全体と発音が同じである必要がある。つまり、発音記号で言えば /ɔrɪnʤ/ で終わっている単語だけが、orange と完全に韻を踏むのである。

先ほど挙げた、hinge (/ˈhɪnʤ/) や change (/ˈʧeɪnʤ/) は、/ɔrɪnʤ/ で終わっているわけではないので、完全韻にはならない。末尾の /ɪnʤ/ や /nʤ/ が同じであるに過ぎないので、不完全韻としか捉えられないのである。

それでは、orange と完全に韻を踏む単語は存在しないのだろうか。存在しないわけではないらしい。

イギリスBBCのクイズ番組 QI を元にした QI: The book of general ignorance: The noticeably stouter edition という雑学書 [3] の432ページにおいて、orange と完全に韻を踏む単語の例として、Blorenge というウェールズの丘の名前と Gorringe という姓が挙げられている。

Blorenge からの眺望
Blorenge からの眺望 [4]

Blorenge という単語は、カタカナで表せば「ブローリンジ」のように発音する。この単語のアクセントは、o にある。音声記号で表せば /ˈblɔrɪnʤ/ であり、アクセントのある母音から末尾までが /ɔrɪnʤ/ となって、orange と完全に韻を踏む。Blorenge はウェールズにある丘の名前で、ロンドンから西に 200 km ほどのところにある。

ヘンリー・H・ゴーリンジ (Henry Honeychurch Gorringe) の肖像写真
ヘンリー・H・ゴーリンジ (Henry Honeychurch Gorringe) の肖像写真 [5]

Gorringe という単語は、カタカナで表せば「ゴーリンジ」のように発音する。この単語もアクセントが o にある。音声記号で表せば /ˈgɔrɪnʤ/ であり、これもまたアクセントのある母音から末尾までが /ɔrɪnʤ/ となって、orange と完全に韻を踏む。Gorringe は姓として用いられる。この姓を持つ人物として、ヘンリー・H・ゴーリンジ (Henry Honeychurch Gorringe) というアメリカの海軍軍人がいる。この人には、現在もニューヨークのセントラルパークにある「クレオパトラの針」(Cleopatra’s Needle) と呼ばれるオベリスクを、1880年にエジプトからニューヨークに持ってきたという業績がある。

また、オックスフォード辞書のWebサイトの記述 [6] によれば、sporange も orange と韻を踏む単語であるという。sporange はほうのうを意味する sporangium という単語と同じ意味である [7] 。だが、一般的には sporange は /spəˈrænʤ/ と発音する [8] ようなので、orange とは完全に韻を踏まない。

orange と不完全に韻を踏むもの

orange と不完全に韻を踏む単語ならば、先ほど挙げた hinge や change のようにさまざまなものが存在する。

1869年に出た Uncle, can you find a rhyme for orange? という本がある。この本のタイトルを和訳すると『おじさん、orangeと韻を踏むものを見つけられますか』とでもなるだろう。この本には orange およびそれと不完全に韻を踏む単語を使った韻文ばかりが載っている。この本の冒頭部分は次のようになっている。

So, gentle Nephew, you’re returned

From town without an orange.

True, my good Uncle, why? nor pound

My pocket boasted, nor change.

Uncle, can you find a rhyme for orange?

ここでは2行目の末尾の orange が 4行目の末尾の change と不完全に韻を踏んでいる。

また、この本では単語を途中で切って、韻を踏むようにするといった工夫をしている場所がある。例えば、以下の例では、angelical という単語を ang と elical に分割して行を分けることで、2行目に ore Ang という 4行目のorange によく似た音を作りだして韻を踏んでいる。

Now, Ladies all, I pray you lend

Your gracious smiles, the more Ang

elical for all the toil

Endured in rhyming orange.

Uncle, can you find a rhyme for orange?

英語の orange という単語には、容易に完全に韻を踏むことができる単語が存在しないために、かえってこの本のように色々と工夫するということが起きているのだ。欠乏から創意が生まれた好例であると言えよう。

完全に韻を踏む単語が存在しない単語

ところで、完全に韻を踏む単語が存在しない単語はあるのだろうか。英語版 Wikipedia の List of English words without rhymes というページには英語で韻を踏まない単語の例が多数掲載されている。だが、これで全部ではないようだ。

マーク・リーバーマン氏が187,576個の英単語とその発音のデータを調べたところによると、その中で完全に韻を踏む単語が存在しないものは 30,905語あるという [9] 。調査対象となった単語のおよそ16%が完全に韻を踏む単語がないのである。

脚注
  1. Pixabay より jarmoluk 氏のパブリックドメイン画像を一部加工 の上で使用。 []
  2. または perfect rhyme と呼ぶこともある。 []
  3. Lloyd, John., & Mitchinson, J. (2010). QI: The book of general ignorance: The noticeably stouter edition. London: Faber & Faber. []
  4. Flickrより、Ray 氏によるCC BY 2.0画像を使用。 []
  5. Wikimedia Commons よりパブリックドメイン画像を使用。 []
  6. Oxford Dictionaries. (n.d.). Are there any words that rhyme with orange? Retrieved from http://www.oxforddictionaries.com/words/are-there-any-words-that-rhyme-with-orange []
  7. 普通は、sporangium と書いて、sporange という形になることは少ないようである。 []
  8. 例えば、Merriam-Webster のオンライン辞書の sporange のページでは /spəˈrænʤ/ と発音する旨が書かれている。 []
  9. Liberman, M. (2009). Rhymes. Language Log. Retrieved from ]