日本語の「粉骨砕身」と中国語の“粉身碎骨”の意味の違い
はじめに
日本語の「粉骨砕身」はもっぱら「精一杯努力する」ことを意味する。文字通りに「骨が粉々になって身が砕ける」という意味になることはない。
これとほぼ同じ漢字を使った中国語の表現として、“粉身碎骨” (fěnshēn-suìgǔ) というものがある。日本語と中国語で漢字の順番が異なっていて、“身”と“骨”の位置が入れ替わっている。なお、“碎”は“砕”の異体字であり、同じ字と見てよい。
字面はほぼ同じであるものの、中国語での意味は日本語のそれと大きく異なっている。“粉身碎骨” という中国語は、文字通り「身体が粉々になる」という意味、あるいはそこから進んで比喩的に「身を滅ぼす」、「身を犠牲にする」といった意味になる。
辞書での説明
まずは、中国で最も広く使われている現代漢語詞典での語釈を見てみよう。
【粉身碎骨】 fěnshēn-suìgǔ 身体粉碎(多指为了某种目的而丧生)。
(引用者訳)身体が粉々になる(多くの場合、なんらかの目的のために命を失うことを指す)。
実例
ついで、いくつか“粉身碎骨” が用いられている事例を見てみよう。
文字通りに身体が粉々になる例
以下は、高所で綱渡りをする人物が出てくるニュース記事である。
因此,海恩斯在表演时充满了巨大的风险,一旦失足他会在眨眼间被摔得粉身碎骨。
(引用者訳:このため、ヘインズは演技をしているときに大きな危険を背負っており、ひとたび足を踏み外せばまたたく間に振り落とされて身体が粉々になってしまうのだ。)
ここには比喩の要素はまったくなく、文字通り身体が粉々になることを意味する。
また、次は、橋からまさに飛び降りて自殺しようとしている人と、それを止めようとしている警官との間の会話を記したニュース記事である。
“我跳下去会去有完整的尸体吗?”
“会把我捞上来吗?”
“没有啊,这下去粉身碎骨啊!”
(引用者訳:「飛び降りたら、死体はちゃんと形のあるまま残るんでしょうか?」「引き上げてくれたりしますか?」「いやいや、無理だよ。こう飛び降りたら粉々になるって!」
ここでも、比喩的な意味はまったくない。単に、もし飛び降りたら、身体が物理的に粉々になるということを言っている。
比喩的な要素が入ってくる例
より比喩的な要素が入ってくる例を見てみよう。
身を滅ぼす場合
“粉身碎骨” という言葉は、身を滅ぼすという意味で用いられることがある。
中国の習近平国家主席が、“粉身碎骨” という言葉を使ったことがある。新華網の報道によると、習主席は中国の分裂に反対する文脈で2019年10月13日にネパールの首相との会談で次のように言ったとのことである。
任何人企图在中国任何地区搞分裂,结果只能是粉身碎骨
(引用者訳:どんな人物が中国のどんな地域で分裂を図ろうとしても、結果は身を滅ぼすことにしかならない)
上記の例で、日本語の「粉骨砕身」のように「精一杯努力する」という意味にならないのは明らかだろう。ここでは、身を粉にして骨を砕くほど身を滅ぼすという意味にしかなりえないのだ。
同様の例を挙げておこう。台湾の軍事増強に関し、中国国防部のスポークスパーソンが次のように言った。
“以武拒统”是绝路,“台独”武装妄图以卵击石、挑衅引战,最终只能是粉身碎骨、自取灭亡。
(引用者訳:「武力で統一を拒むこと」は行きづまりの道であり、「台湾独立」の武装により卵で石に立ち向かい挑発して戦いを引き起こそうと愚かな企みをしても、最終的には粉々に砕け散り、自ら滅亡を選ぶことにしかならない。)
ここで、“粉身碎骨”と“灭亡”(滅亡)という言葉が並列されていることからも分かるように、ここでの“粉身碎骨”は、身を滅ぼすということなのだ。
身を尽くす場合
上述の身を滅ぼすという意味の事例は、他者に対して使用することで、非難する文脈で使われるものであった。一方で、自分自身に対して用い、身体が粉々になるほど身を尽くすといった意味で使われることもある。つまり、自身の身を犠牲にしてまで尽くすという意味合いだ。
例えば、台湾の総統選挙において、当時高雄市長だった韓国瑜候補が国のために命を惜しまないという文脈で次のように言っている。
韓大進場後上台致詞,並向支持民眾承諾,2020年將出面承擔,不惜粉身碎骨。
(引用者訳:韓氏は会場入りして登壇すると演説し、支持する民衆に対し、2020年には自ら前面に立って責任を担い、身体が粉々になることも惜しまないと約束した。)
ここでは、身体が粉々になることも惜しまないほど身を尽くすという意味になる。
もう1つ例を見てみよう。中国の政治家の朱鎔基氏が首相在任時に行政改革や国営企業改革に腐心したことについて、以下のように述懐している。
我抱着粉身碎骨的决心来干这件事!
(引用者訳:私は身体が粉々になるほどの決心を抱いてこのことをしたのだ!)
ここでは、抵抗がある中、行政改革などを決死の覚悟で実施したことを“粉身碎骨”としている。ここでは、身を尽くして非常に努力したニュアンスが含まれており、その点で精一杯努力するという日本語の「粉骨砕身」の意味に近いものとなっている。
まとめ
今までに説明してきたものをまとめよう。中国語の“粉身碎骨”はおおむね以下のような意味がある。
- 文字通りの意味
- 身体が粉々になるという意味
- 比喩的な要素が入る意味
- (敵対者などが)身を滅ぼすという意味
- (自らが)身を尽くすという意味
最後の身を尽くすという意味は、日本語の「粉骨砕身」と似ているところがある。しかし、それ以外は日本語の「粉骨砕身」とはかなり意味合いが違ったものになっている。その点、中国語を日本語に翻訳したり、あるいは逆に翻訳したりする際に注意が必要だ。
補:日本の中日辞典での説明
日本で出ている中日辞典の中には、上述の中国語の用例からすると、疑問符をつけざるをえない説明をしているものがある。
例えば、『中日大辞典 第3版』では以下のように説明している。身命を惜しまないというのは正しいが、それ以外に文字通りに身体が粉々になるという意味を捉え切れていない。
粉身碎骨 fěnshēn suìgǔ 〈成〉身命を惜しまない:[粉骨碎身]ともいう.
『講談社中日辞典 第3版』の説明は、より適切でない。以下に引用したように ((引用文中の[成]は、引用元では四角の中に成が入った形になっている。)) 、まず「粉骨砕身」が出てきてしまっている。これを見たら、日本語の「精一杯努力する」という意味で読者は捉えてしまうだろう。
【粉身碎骨】 fěn shēn suì gǔ [成]粉骨砕身.ある目的のために犠牲になること.