「食いしんぼう」のアクセントの変化

概要
「食いしんぼう」のアクセント核は現代では3拍目にあるが、古くは1拍目にあった。

現代の発音

何でもぱくぱく食べる人のことを「食いしんぼう」と言う。この「食いしんぼう」を現代の東京語のアクセントでは「クイシ\ンボー」と発音する。要するに、アクセント核が3拍目(シ)に来るということだ。

実際、2020年刊行の『新明解国語辞典 第八版』や2016年刊行の『NHK日本語発音アクセント新辞典』においても、アクセント核が3拍目であると記述されている。

過去の発音

しかし、昔からアクセント核が3拍目にあったわけではないようだ。古いアクセント辞典を見ると、アクセント核が1拍目(ク)に来るとされている。つまり、頭高型のアクセントで「ク\イシンボー」と発音していたのだ。

戦前・戦中のアクセント辞典の例を見ると、以下のいずれにおいても、「ク\イシンボー」とアクセント核が1拍目に来るものとされている。

  • 1937年刊行の『国語発音アクセント辞典 十版』(神保・常深, 1937:184)
  • 1943年刊行の『日本語アクセント辞典』(日本放送協会, 1943:200)

戦後のアクセント辞典になると、アクセント核が3拍目に来る発音も挙げられるようになっていく。

  • 1951年刊行の『日本語アクセント辞典』(日本放送協会, 1951:201)では、アクセント核が1拍目に来る発音を先に挙げつつも、3拍目に来る発音も挙げている。
  • 1966年刊行の『日本語発音アクセント辞典』(日本放送協会, 1966:267)では、アクセント核が3拍目に来る発音が先となり、1拍目に来る発音が後になっている。
  • 1985年刊行の『日本語発音アクセント辞典』(日本放送協会, 1985:238)では、アクセント核が3拍目に来る発音が挙げられ、1拍目に来る発音は伝統的なアクセントとされている。

なお、1982年から1984年にかけて行われた東京のアクセント調査では、調査対象者はほぼ「クイシ\ンボー」と発音していた。調査対象者19人の発音状況をまとめると以下のようになる(柴田ら, 1985:270)。

  • もっぱら3拍目にアクセント核を置く人
    • 「クイシ\ンボー」とのみ発音:13人
    • 「クイシ\ンボー」または「クイシ\ンボ」と発音:2人
  • もっぱら4拍目にアクセント核を置く人
    • 「クイシン\ボー」とのみ発音:1人
  • 3拍目もしくは1拍目にアクセント核を置く人
    • 「クイシ\ンボー」または「ク\イシンボー」と発音:2人
    • 「クイシ\ンボー」または「ク\イシンボ」と発音:1人

なお、この調査の対象者は1911年生まれから1962年生まれまで散らばっている。3拍目もしくは1拍目に置いている人は、最年長の1911年生まれのほか、1939年生まれの人が2人である。したがって、この調査時点では1拍目にアクセント核を置くこともある人が特に高齢者に偏っているわけではない。

情報が足りないので推測にしかならないが、おそらくは明治生まれの人たちでは古いアクセント、大正以降生まれの人たちでは新しいアクセントに変わっていったというところだろうか。

参考文献

  • 柴田武〔監修〕、馬瀬良雄・佐藤亮一〔編〕 (1985). 『東京語アクセント資料 上巻』信州大学人文学部馬瀬研究室・国立国語研究所言語変化第1研究室.〔文部省科学研究費特定研究「言語の標準化」資料集;PDF版、国立国語研究所、2013年 https://doi.org/10.15084/00003534〕
  • 神保格・常深千里 (1937). 『国語発音アクセント辞典 十版』厚生閣.〔「国立国会図書館デジタルコレクション」所収 https://dl.ndl.go.jp/pid/1869858 (2024年8月3日閲覧)〕
  • 日本放送協会〔編〕(1943). 『日本語アクセント辞典』日本放送出版協会.〔「国立国会図書館デジタルコレクション」所収 https://dl.ndl.go.jp/pid/1126379 (2025年11月2日閲覧)〕
  • 日本放送協会〔編〕(1951). 『日本語アクセント辞典』日本放送出版協会.〔「国立国会図書館デジタルコレクション」所収 https://dl.ndl.go.jp/pid/2457969 (2024年11月2日閲覧)〕
  • 日本放送協会〔編〕(1966). 『日本語発音アクセント辞典』日本放送出版協会.〔「国立国会図書館デジタルコレクション」所収 https://dl.ndl.go.jp/pid/2510348 (2024年11月2日閲覧)〕
  • NHK〔編〕(1985). 『日本語発音アクセント辞典』日本放送出版協会.〔「国立国会図書館デジタルコレクション」所収 https://dl.ndl.go.jp/pid/12448110 (2024年11月2日閲覧)〕

注釈