国立大学の文系学科の縮小政策
現在、日本では、国立大学――特に地方の小規模国立大学――で人文系や教員養成系を減らそうとする政策が行われている。このことについて地域間格差の拡大という面から論じてみたいと思う。
この文章は、もともと2015年の夏ごろに書きはじめたものだ。本当はもっといろいろな話題を取り扱った長い文章になる予定だったのだが、あれこれ調べる時間をとれず、結局完成はしなかった。ただ、せっかく書いた部分を放っておくのももったいないように思われたので、一部だけを取り出してここに公開することにした。
2015年6月8日に、文部科学大臣より「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」と題する通知が、国立大学法人・大学共同利用機関法人に出された。この通知において、国立大学の教員養成系・人文社会科学系の組織廃止が要求されている。
通知の中の関連する部分を以下に引用する。
特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする。
つまりは、人文系や教員養成系を縮減しようとしているのである。ただし、一応、この通知について、文科省は「新時代を見据えた国立大学改革」という説明を出し、決して人文系を軽視しているわけではないと述べている [1] 。
地域のために働く地方国立大教員
意外に思われる人もいるかもしれないが、地方の国立大学の教員は、地元自治体のために働いていることが少なくない。例えば、香川県森林審議会の委員名簿を見ると、香川大学農学部教授、香川大学教育学部教授、香川大学名誉教授がそれぞれ1人ずつ名を連ねている。また、三重県私立学校審議会の委員名簿を見ると、三重大学人文学部教授と三重大学教育学部名誉教授がそれぞれ1人ずつ名を連ねている。
こうした自治体の審議会に参加する委員はだれでも良いというわけではなく、それなりの専門性が要求される。自治体が自前で大学教員レベルの専門家を雇用しておくことは非常に難しい。そこで、専門家が必要になるときに地方国立大の教員が使えることは自治体にとって大きなメリットとなる [2] 。
しかし、地方国立大が縮小すると、地元の自治体は高度な専門家が必要になったときに、地方国立大の教員に頼めなくなってしまう。東京や京都といった有力な大学がある大都市からわざわざ大学教員を呼ぶという手もあるが、これは自治体にとっても呼ばれることになる大都市の大学教員にとってもかなり面倒である。地元の国立大学の教員ならば日帰りで対応してもらうことができるが、遠くの大都市から呼ぶのであれば泊まりがけということにもなってしまう。大学教員の側からすると、日帰りならばまだしも、泊まりがけでは協力しにくいだろう。また、自治体の側からしても、地元以外から専門家を呼ぶ場合は、交通費や宿泊費が余計にかかってしまうために、専門家を呼ぶことに二の足を踏んでしまうことだろう。
そうなると、大学教員をすぐに呼ぶことができる大都市圏となかなか呼べない地方が生まれることになる。つまり、拙速に地方国立大の縮小を行うと、高度な専門家にアクセスしやすい大都市圏が有利になり、そうでない地方は不利になる。このことによって、地域間格差が拡大するおそれがある。
人文系・教員養成系の教員も地域にとっては必要
ところで、「人文系や教員養成系の大学教員は、他の分野の教員に比べて自治体の施策と関係がないのでは?」と考える人もいるかもしれない。例えば、経済学の大学教員ならば自治体の景気対策などに協力できるし、工学系の大学教員ならば自治体の産業振興に協力できるということが想像しやすいかもしれない。これに対して、人文系や教員養成系の大学教員については協力するシーンが想像しにくいかもしれない。
もし人文系の教員などが地域に貢献していないとすれば、人文系学科が縮小されたとしても、地域間格差の拡大には影響しないだろう。そうであれば、地域間格差が拡大するからと言って人文系学科の縮小を批判することができなくなるだろう。
しかし、実際には人文系や教員養成系の大学教員も自治体の施策に協力することがある。例えば、自治体の公文書の管理方針を決めるのにアーカイブ学の大学教員が協力したり、地域の英語教育改善のために大学の英語教育担当の教員が協力するということは十分にありうる。実際、地方自治体における初等・中等教育に関する政策に地方国立大の教員養成系の大学教員が協力しているところが少なくない。
いずれにせよ、このような働きをしている地方国立大の教員がいなくなると、地域の政策の質が下がりかねない。質が下がれば、地方の活力が失われることにつながりかねない。つまり、安直に地方国立大の組織を再編・縮小することは、その地域の活力が失われることにつながりかねない。
補足すると、私は決して組織を再編・縮小してはならないと言っているわけではない。「安直に」やるのが問題なのだ。
地域経済に直接的に貢献する地方国立大学
地方国立大学に所属する学生や教職員が大学の近くで消費を行うことで地域経済に直接的に貢献することがある。
財団法人日本経済研究所が編んだ『地方大学が地域に及ぼす経済効果分析報告書』では、大学の活動の中で地域経済に需要を生み出している活動として、以下の4つを挙げている。

この報告書に載っている具体例として、弘前大学の例を見てみよう。この報告書によれば、2006年時点で、弘前大学の学生は6821人、また弘前大学の役員・教職員は非常勤も含め、2305人いた。合わせて9000人を超える。2005年の国勢調査では、弘前市・岩木町・相馬村 [6] の人口は合わせて18万9043人であった。この20万人に満たない市において、この9千人という学生・教職員の数は相当大きい。
この大学の学生数が減らされることになれば、弘前市で学生を相手にしている商売は相当の打撃を受けることが容易に想像できるだろう。
こういった意味でも、安直に地方国立大の組織を縮小することは、その地域の活力が失われることにつながりかねない。
なお、弘前大学の「組織改革の情報」というページの記述によれば、同大は2016年度に、人文社会科学部と教育学部の定員を合わせて150人減らし、理工学部と農学生命科学部の定員を90人増やしている。差し引き、定員が60人減ったことになる。
「地方創生」との矛盾
安倍政権は「地方創生」を政策の柱の1つとしている。この政策において、地方の大学が果たすべき役割は決して小さくない。実際、2016年12月22日に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略2016 改訂版」では、「地方大学の振興等」ということが施策の1つとして挙げられている。これは、地方の若者が大学進学の際に東京に流出するために、地方の将来が先細りになっていることを踏まえ、地方の大学を振興しようというものだ。
この施策に対する評価指標としては、以下のようなことが挙げられている。
- 地方における自道府県大学進学者の割合を平均で36%まで高める
- 地域企業等との共同研究件数を7,800件まで高める
- 大学における、地元企業や官公庁と連携した教育プログラムの実施率を50%まで高める
しかし、地方国立大が単純に縮小されるようならば、このようなことを達成することは難しくなる。人文系学科が縮小されれば、そういったことを学びたい若者は、地方から東京に出て行ってしまうだろう。うまくやらなければ、「地方創生」という政策と矛盾してしまうのである。
補:小規模でも研究単位が存在する意義
地方国立大を単独で見ると、1つの研究分野にスタッフがそれほどいるわけでもなく、必ずしも華々しい研究業績を上げているわけではなく、大したことのない存在に見えるかもしれない。このような小規模で成果が見えないようなものはあっても意味がないと考える人もいるだろう。だが、学者はネットワークを作っているので、地方国立大に小規模でも研究単位が存在すれば、それが窓口として広い研究の世界にアクセスできる可能性がある。
この関係は、町医者と大病院の専門医の関係に似ている。普通の患者にとっては、そもそもどの専門医にかかればよいかが分からない。そこで、最初の診察は町医者で受けて、それで手に負えなくなれば、町医者が専門医を紹介するという流れになる。そうすれば、患者本人が専門医を探すより、適切な医者を見つけられるだろう。
地方国立大の小規模な学科や研究室であっても、町医者のように、地元からアドバイスを求められたら答えられる範囲で答え、自分で手に負えないようなら、さらなる専門家を紹介するということが可能だろう。町医者が大病院の専門医に紹介状を書くように、学者のネットワークをたどって大都市部などの大規模大学の専門家を紹介することもできなくはないはずだ。
もちろん、このようにするには、小規模な研究単位にそれなりの余裕がなければならないだろう。小規模な研究単位といっても、専任教員が1人しかいないというのでは回らないところも出てくるだろう。何でもそうだが、うまくやるには、ある程度のヒトとカネを配分しなくてはならないのである。
- とは言え、国立大学において、人文系の定員は減っている。文科省が出している「平成29年度 国立大学の入学定員について(予定)」という文書によると、2017年度の国立大学の人文系の学部学生の入学定員は、2016年度に比べて1055人減ることになっている(ただし、教育系は207人増えている)。もっとも、学部の改組により、同じような教員が教えていても、「人文系」でない系統に分類されなおされているところもある。また、単年度の変化を見ても、それだけでは傾向が分からない。これから数年の流れを着目すべきであろう。 [↩]
- ここでは地方国立大教員と自治体の関係について記述しているが、地方国立大教員と地方の企業との間の関係にも同様のことが言える。製品開発などにあたって専門家の意見を求めたい場合、地方国立大があればそこの教員に意見を求めることができる。もし地方国立大がなければ、わざわざ遠くの大学まで人を探しに行く必要が出てくる。これは企業にとって余計なコストがかかることを意味し、引いては地方の企業の競争力をそぐ結果になる。 [↩]
- 教科書などの購入費、事務機器などの使用料などが挙げられている。 [↩]
- 大学で行われる学会や公開講座などに参加するために外部からやってくる人が、地域でお金を落とすことなどが想定されている。 [↩]
- Wikimedia Commons より Feri88 氏の CC BY 3.0画像を使用 [↩]
- 岩木町・相馬村は2006年に弘前市と合併した。 [↩]