悪魔の辞典――ブラック企業編

概要
ブラック企業を理解するための用語集。

序文に代えて

弊社はあなたを必要としている!
弊社はあなたを必要としている! [1]

拝啓 メフィストフェレス様

貴下におかれましては、人間をますます堕落させていることとお慶び申し上げます。さて、聡明な貴下はすでにご存知でしょうが、人間界にはブラック企業があって多くの人間を苦しめております。その苦しめ方と言ったら、我ら悪魔の行いが天使の行いに見えるほどのぞっとするような手法でございます。

ただ、このブラック企業の手法をうまく取り入れることができれば、我ら悪魔はより一層人間を堕落させることができるかと思います。彼らの使っている冷酷なやり方はまさに悪魔的というべきものでして、我々の目的にかなうものであります。

そのために、ブラック企業を理解するための小辞典を用意いたしました。浅学非才の身が書いた役に立たない辞典ではございますが、人間を堕落させるときに何かの参考としていただければ幸甚の至りでございます。 敬具

あいのむち【愛の鞭】
会社に対する忠誠心の足りない従業員を指導すること。愛がこもっているので、人格を否定したり、暴力をふるったりしても問題にならない。
アットホームなしょくば【アットホームな職場】
仕事とプライベートが混同されている職場。
あめとむち【飴と鞭】
社畜を管理するための基本的な手法。普段はできるだけ鞭をふるって社畜に抵抗する気を失わせ、ごくまれに飴を出すことで会社への忠誠心を植え付ける。
いしきがたかいがくせい【意識が高い学生】
会社のために長時間労働することをいとわない可能性が高い学生。
いっしょうけんめい【一生懸命】
死ぬまで命をかけて会社のためにつくすさま。「みんなが――働かないと、会社が滅んでしまう。」
いますぐここからとびおりろ【今すぐここから飛び降りろ】
社畜を追い詰めて、さらに発奮させるための魔法の言葉。本当に飛び降りてしまったとしても、それは社畜の感謝の気持ちが足りなかっただけなので、会社は責任を負う必要はない。
エナジードリンク
深夜でも眠らせずにむりやり働かせるために用いられる飲料。

がいこくじんぎのうじっしゅうせい【外国人技能実習生】
日本国における合法的な奴隷制度。
かいしゃ【会社】
哀れな社畜を救済してくれる慈愛あまねき存在。
かんしかめら【監視カメラ】
防犯のために用いられるカメラではなく、従業員がしっかり働いているかを見るためのカメラ。
かんしゃ【感謝】
給料の代わりに会社から従業員に支給される全く価値のないもの。
かんどう【感動】
会社に洗脳されきったときに社畜が抱く感情。
かんりしょく【管理職】
わずかばかりの手当を与えることで、無限の責任を負わせた上で、無限の残業を行わせることができる人。
かんぶこうほ【幹部候補】
社畜になるための訓練を受けている人。「我が社は全員が――です。」
きびき【忌引】
親族の死亡時期を調整するという自己管理能力がない従業員がとる休暇。正しい社畜は、親族が死んだとしても会社を優先するものとされている。
きゅうりょう【給料】
がんばった社畜に対して与えられる会社からの恩恵。常にもらえると考えてはならない。
けいえいしゃマインド【経営者マインド】
経営者と心を一つにするという意味で、従業員は何も考えずに、経営者と同じことを考えておけば良いということ。
げつようび【月曜日】
(1) 仕事の仲間と再び夢を追いかけることができる曜日。 (2) 休日出勤をしている場合においてはたんなる平日。
コミュニケーションスキル
(1) 社長をほめたたえるために心にもないことを言う能力。(2) 従業員をどなりつけて、余計なことを考えさせないようにする能力。

サービスざんぎょう【サービス残業】
社畜が自分の人生を切り崩してまで、会社に奉仕する現象。
ざんぎょうだい【残業代】
請求してはならないもの。
じこけいはつけんしゅう【自己啓発研修】
(1) 時間と金をむだにするための時間。(2)従業員を洗脳する時間。
じしゅてき【自主的】
強制的。「社長が草野球の試合に出るので、社員は――に応援に行ってください。」
しゃくん【社訓】
従業員を洗脳するための経典の一つ。社訓に書かれていることは絶対であり、これにそむくことは許されない。
しゃちく【社畜】
会社のために働く家畜。家畜なので、人権はない。ウシやウマといった家畜と違って、しゃべることがあるが、社畜として訓練されていくとほとんどしゃべらなくなる。
しゃちょうがかいたけいえいろんのほん【社長が書いた経営論の本】
社長がいかにすごい人物であるかを刷りこむための宣伝文書。企業経営には全く役に立たない。
じゆうさんか【自由参加】
会社は一切責任をとらないが、必ず出席しなくてはならないこと。
しゅうでん【終電】
社畜が奴隷労働から解放され、帰宅を許されうる福音。ただし、時として泊まり込みが強制され、帰宅が許されない場合もある。
じょうし【上司】
仕事と責任を押しつけ、手柄を取り上げる人。
しょうすうせいえい【少数精鋭】
条件が悪すぎるために人員が足りていないことを示す婉曲的表現。
じんざい【人財】
会社の財産となっている従業員。会社の財産であるため、人格を無視して自由に処分してかまわない。「みなさんは、我が社の貴重な――です。」
しんそつさいよう【新卒採用】
世の中を良く分かっていない学生を捕まえて、洗脳すること。
せいい【誠意】
それだけあれば、どんな問題も解決できる魔法のアイテム。
ぜっきょう【絶叫】
大きな声を上げることで、野性に返り、人間としての尊厳を忘れること。「新人は研修の最後の日に、――しながら社訓を読み上げた。」
そんなはなしはきいていない【そんな話は聞いていない】
会社の上層部が責任を下っ端に押しつけることができる呪文。「契約がとれなかったなんて、――。君に責任をとってもらおう。」

たいしょくねがい【退職願】
ブラック企業で最も多く作成される書類。
タイムカード
実際に働いた時間とは関係のない時間を記入するための用紙。
ちゅうしょく【昼食】
仕事が忙しくないときに限り、昼に食べることができる食事。
ていじ【定時】
その時刻に帰れることがあるといううわさがある伝説上の時刻。「まだ――だろ、もっと働けよ。」
てきざいてきしょ【適材適所】
社内の部署ごとでとりあえず人の頭数だけはつじつまが会っている状態。能力の面で足りているかどうかは問題にならない。
デスマーチ
従業員の結束力を高めるために、休みなく働かせること。

ないてい【内定】
時期が来たら奴隷にすることを内々に決めること。
にちようび【日曜日】
(1) 仕事がある曜日。(2) 仕事はないが、すぐに仕事にかかれるように準備しておく必要がある曜日。
のうりょくしゅぎ【能力主義】
気に入らない従業員のことを無能だと決めつけて、痛めつける思想。
のみニケーション【飲みニケーション】
会社に対する忠誠心を育てるために、共同で飲食を行う儀式。
ノルマ
社畜に与えられた刑罰。

はいざら【灰皿】
無能な部下を懲罰するために投げつけるもの。
パソナルーム
能力に劣る残念な従業員に対して、新しい道を提示する会社からの温情。
ばっきん【罰金】
金銭を支払うことによって社畜のミスが許される現在の免罪符。
ばとう【罵倒】
会社のすばらしさを理解していない従業員を改心させるための宗教的儀式。
ひるやすみ【昼休み】
可能な限り、自主的に会社のために働くべき時間。
ぶか【部下】
自由に使役することができる下僕。
プライベート
給料は支払われないが、会社のために提供すべき時間。
ブラックがいしゃにつとめてるんだが、もうおれはげんかいかもしれない【ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない】
会社のために働くという気持ちさえあれば、限界というものはありえない。
ブラックきぎょう【ブラック企業】
時間や健康を提供することで、夢ややり甲斐を与えてくれる素晴らしい会社。
ボランティア
世の中のために自発的に動くという名目で、会社のために強制的に無給で働かされること。「今度の日曜日に社長のご自宅の前を清掃するという――活動がありますので、社員は必ず参加してください。」
ホワイトカラーエグゼンプション
世の中からホワイト企業をなくし、ブラック企業だけにする政策。

みけいけんしゃかんげい【未経験者歓迎】
社畜の供給が不足しているときに、広く社畜を集めるための手法。
むくわれる【報われる】
(社畜が)実際には何も得られていないのに、何かが得られたように感じること。「仕事をすれば、きっと――ことがあります。だから、会社のために働きましょう。」
むしょく【無職】
あれよりはましだと社畜に思わせるための人々。
むり【無理】
嘘つきの言葉。「――というのはですね、嘘つきの言葉なんです。」

やりがい【やり甲斐】
やたらに困難であるにも関わらず得られることが少ない仕事であることを示す婉曲的表現。
ゆうきゅうきゅうか【有給休暇】
取得すると評価が下がるマイナスアイテム。
ゆめ【夢】
会社の上層部からは価値があるものとして与えられるが、従業員にとってはどんな価値があるのか全く分からないもの。「我が社で働くことは――に向かって進むことです。」

りしょくりつ【離職率】
決して低くならない数値。
りれきしょふよう【履歴書不要】
どうせ洗脳できればだれでも同じなので、どんな人が来ても構わないことを示す婉曲的表現。
ろうどうえいせいたいさく【労働衛生対策】
会社にとって負担にならないぎりぎりの程度で、社畜をとりまく環境を良くすること。
ろうどうきじゅんほう【労働基準法】
守らなくても良い法律。
ろうどうきじゅんかんとくしょ【労働基準監督署】
労働法というものを振りかざして、企業の正常な業務を妨害してくる悪の組織。
ろうどうさいがい【労働災害】
業務中に発生する災害のこと。もし発生したら隠蔽されるので、実質的には存在しえない。

わかいなかまがおおい【若い仲間が多い】
従業員がすぐに退職してしまうため、ベテランが全然いないことを示す婉曲的表現。
わかてがかつやく【若手が活躍】
ベテランがいないので、若手が少ない経験だけで立ち向かわざるを得ない状況。
わきあいあい【和気藹々】
社内の雰囲気が悪いということを外部に向かって警告する際に用いられる表現。
ワンオペ
社畜を一人で限界まで働かせ、何かあったらその社畜に責任をとらせる制度。

注意書き

この辞書はフィクションです。

脚注
  1. PixabayよりOpenClips氏のパブリックドメイン画像を使用。 []