はじめに
研究者が学術論文を書く場合、どんなソフトウェアを使って文書を作成するのだろうか。使うソフトは、人によって異なっている。研究以外の世界でも広く使われているワープロソフトの Microsoft Word を使う人もいれば、LaTeX という数式処理に優れた組版システムで文書を書く人もいる。
それでは、Microsoft Word と LaTeX のどちらが効率的に文書が作れるのだろうか? 実は、このことについて実験した研究がある。その研究によると、Microsoft Word の方が効率的に学術に関する文書が作れるという結果が得られている。
- Knauff, M. and Nejasmic, J. (2014). An efficiency comparison of document preparation systems used in academic research and development. PLOS One, 9(12), e115069. doi: 10.1371/journal.pone.0115069
なお、この研究について記した論文は上記の通りである。以下では、この論文に基づいて、Word と LaTeX の効率性の違いを詳しく見ていきたい。
Word と LaTeX の違い
論文の紹介に入る前に、Word と LaTeX の違いを簡単に述べておこう。
Word | LaTeX | |
---|---|---|
基本的考え方 | WYSIWYG [1] (見えるものは得られる結果) | WYSIWYM [2] (見えるものは文章の構造) |
価格 | 基本的に有料 | 基本的に無料 |
使用できる環境 | Windows, MacOSのみ | Windows, MacOSだけでなく、様々なOSで使用できる |
ユーザインターフェース | GUI | 基本的にCUI |
実験内容
この研究で行われた実験では、学術論文の文書になっているものを被験者に提示し、それを Microsoft Word か LaTeX で再現するように求めている。
被験者は以下の4つのグループに分かれている。なお、初心者は使用経験が500時間以下の人を指し、熟練者は使用経験が1,000時間以上の人を指す。
- Word の初心者
- Word の熟練者
- LaTeX の初心者
- LaTeX の熟練者
各々の被験者には3種類の文書が与えられ、それぞれを30分で再現することが求められた。
- 単純な連続したテキスト
- 表を含むテキスト
- 数式を含むテキスト
そして、被験者による再現は以下の3つの点で評価される。
- 正書法・文法上の誤りの数
- フォーマット上の誤りの数
- 30分で入力した文章の量
結果
全般的に言えば、Word を使用した人の方が、LaTeX を使用した人に比べて誤りが少なく、入力した文章の量も多かった。驚くべきことに、Word の初心者の方であっても LaTeX の熟練者に比べて誤りが少なく、たくさん入力できていた。
ただし、数式を含むテキストにおいては、LaTeX 使用者が Word 使用者と互角に戦えている状況が見られた。LaTeX はもともと数式の入力を容易にするために作られた経緯があるので、こうした場合はうまくいくのだろう。
また、この研究では、被験者にユーザビリティに関するアンケートを実施している。LaTeX 使用者が LaTeX に対して感じるユーザビリティの良さは、Word 使用者が Word に対して感じるユーザビリティの良さに比べて高い傾向にある。つまり、LaTeX 使用者は Word 使用者に比べてユーザビリティの面で満足しているのである。
注意すべき点
この研究で実施された実験では Word の方が LaTeX より効率的であるという結果が出ているが、このことをもって LaTeX を使わないと判断するのは軽はずみと言えよう。
ここで行われた実験では、あくまでもこのように文書を作ってほしいという文書の例を示した上で、その例を Word や LaTeX でどこまで再現できるかを測っている。
これは現実の論文執筆とは異なっている。現実には、文書を再現するのではなくて、一から文言を考えて、それを文書の形に新たに書き出す必要がある。新たに書き出す時の効率については、議論の余地があるだろう。
特に、LaTeX は文書の構造を意識しながら書けるという特徴を持っている。このため、一から文章を書くときには有利な面も少なくない。また、LaTeX には数式が入力しやすいという長所もある。
だから、今日紹介した研究をもとに、LaTeX を捨てるのは早まった判断であると言えよう。