教員免許を持たない博士号取得者を高校教員として採用する例

概要
教員免許を持たない博士号取得者を対象とした高校教員の採用試験が複数の教育委員会によって行われている。教員免許がなくても博士号があれば、数学・理科・工業の高校教員になれる可能性がある。

総説

博士号を取得しても大学などの研究機関で職を見つけられない人が増えている。このため、別の道に行こうとする博士号取得者は少なくない。こうした人が専門知識を生かせる道として、高等学校などの教員になるという道がある。

ここでネックになるのが教員免許である。日本の初中等教育においては教員免許がないと教壇に立つことができない。教員免許を持っていれば博士号を取得した後でも高校などの教員採用試験に応募することに問題 [1] はない。しかし、教員免許を持っていないないと、普通の教員採用試験には応募すらできないのである。それでは、教員免許を持たない博士が高校教員になるのは、不可能なのだろうか。

実は、特別免許という制度があり、これがあれば普通の教員免許がなくても教えられるようになる。実際、複数の教育委員会が、この特別免許の制度を利用して教員免許を持たない博士号取得者を公立高校などの教員として採用している。なお、こうした公立学校の教員採用試験では、基本的に理工系の博士を数学・理科・工業といった教科の教員にすることを想定している。

いわゆる文系の博士を公立学校の教員に採用しようとする例はさすがにない。ただし、以下で詳しく述べるように、教員免許を持たない文系の博士課程単位取得満期退学者 [2] を私立学校が採用して特別免許を交付した例もある。だから、文系で教員免許を持っていなくても、高校教員になれる可能性はゼロではない。もっとも、いわゆる文系で大学院博士課程に行きたいと思っているならば、学部のうちに保険だと思って教員免許を取っておくことをおすすめする。文系の博士は理系以上に仕事が見つけにくいので、いざというときの選択肢を増やすために教員免許があって損はない。

なお、特別免許状による高校教員採用の話からは外れるが、通信教育を活用して普通の教員免許状を取るという手段もある。時間はかかるが、初中等教育の教員になる希望が強ければ、こうするのが一番である。通信教育による教員免許取得に関しては、「教員免許通信制大学ガイド」というウェブサイトが参考になる。

公立学校の教員採用試験における事例

以下、各教育委員会が行う公立学校の教員採用試験において、博士号取得者を採用する事例について紹介する。なお、以下の説明は、特に明記していなければ、平成25年度の教員採用試験 [3] についてのものである。いずれも、数学・理科・工業といった理工系の教員を募集するものである。

長野県

長野県は、教員採用試験の特別選考として「博士号取得者を対象とした選考」を実施している。化学・生物・数学のいずれかの博士号を持っていれば、教員免許がなくても、高等学校の数学・理科の教員の職にチャレンジできる。なお、中学校に関しては、教員免許が必要なものの、理学・工学の博士号を持っている人を対象にした枠がある。

岩手県

岩手県には、社会人特別選考として、博士号を持ち、数学・工業〔機械〕のいずれかに関する高度な専門知識を持つ者を対象とした選考がある。この選考に受かると、高等学校の数学・工業〔機械〕の教員になれる。教員免許がなくても構わない

静岡県

静岡県では、「博士号を取得した者を対象とした選考」を実施している。これは、博士号を持っている者を、高等学校の理科教員(物理・化学・生物・地学)として採用するものであり、教員免許がなくても受験できる。

なお、静岡県では正規の教員採用とは別に、「オーバードクター等活用事業(博士・修士を高校で活用する事業)」というものを行っている。これは、博士号・修士号を持つ者を教員免許の有無を問わずに、静岡県立の高等学校に1年間 [4] 配置する事業である。教員免許を持たない者の場合は、教員とのティーム・ティーチングの形を取って教えることとなる。

「サイエンスエキスパート配置」という常勤職の募集と、「博士・修士派遣」という非常勤職の募集がある。サイエンスエキスパート配置の方は、理学・農学・工学等の博士を対象にしたものである。これに対し、博士・修士派遣の方は、理学・農学・工学だけでなく、外国語・芸術等も募集対象であり、博士でなくて修士でも良い。なお、平成25年度の募集は平成25年(2013年)2月15日必着である。

秋田県

秋田県では、かつて博士号取得者を対象にした選考を行っていたが、平成25年度の採用試験ではそのような選考を行わなかったようである。

かつて募集していた際は、理学・農学・工学の博士を対象としていた。なお、過去の事例は文科省のウェブサイトに「博士号教員の活用について」というタイトルで掲載されている。

京都市

京都市は、そもそも博士号を取得しているかどうかとは関係なく、中学校の数学・理科、高等学校の数学・理科・工業(電気・電子・建築)の教員については、教員免許がなくても受験できる。一応、学歴の要件があるが、短期大学士以上であれば良いので、博士号を取得している人は全く問題がないだろう。

なお、上記の制度とは別に、博士号を取得し、なおかつ教員免許を持っている場合は、第一次試験が免除されるという特例がある。これは、中学校・高等学校の数学・理科の教員に限られる。

私立学校などでの事例

文部科学省のウェブサイトに「特別免許状の活用事例」という文書がある。この文書の「社会・地理歴史」の事例で、大学院博士課程に行ったが教員免許を持たない人に特別免許を出したという話がある。ある事例では、東洋史が専門で、中学校の社会、高等学校の地理歴史の教員として採用されている。はっきりは分からないのだが、この事例の書きぶりからすると、特別免許が出された人は、いわゆる博士課程単位取得満期退学で、博士号をとっていない。だが、博士号がなくても地理歴史の特別免許が出され、それで採用に結びついたのである。もっとも、この事例で挙げられている人の前職は大学研究所の研究員だったので、博士に準ずると見なされたのかもしれない。

脚注
  1. 昔は年齢制限の関係で、博士号を取得するのが遅れると、採用資格に当てはまらなくなることがあった。しかし、今は年齢制限がかなり緩くなっているので、年齢を理由とする門前払いを食らうことはほとんどないはずだ。 []
  2. 通常、博士号を取得するには、(1) 博士課程で必要となる単位をすべて取得する、(2) 規定の年数在学する、(3) 博士論文を提出して合格するという3つの条件を満たす必要がある。このうち、(1)と(2)は満たしたが、(3)を満たさないまま退学することを俗に博士課程単位取得満期退学という。 []
  3. 試験自体は平成24年度(2012年度)に行われ、平成25年4月に仕事を始める。 []
  4. 平成25年度の募集要項によは「募集予定人数には平成24年度から継続して配置又は派遣する者を含む」と書いてある。この記述からすると、雇用期間は基本的に1年間だが、それを超えて継続して雇用される場合もあるということなのだろう。 []