Praatスクリプト基礎文法最速マスター

概要
音声分析ソフトPraatのスクリプト機能の基礎文法を紹介。

はじめに

この文章は音声分析ソフトPraatのスクリプト機能の基礎文法を紹介したものである。既に何らかのプログラミング言語を知っている人にとっては、かなりのスピードでマスターできるように書いたつもりである。プログラミングがよく分からないという人にとっては難しいかもしれないが、何かの参考にしていただければ幸いである。

2013年11月10日追記:この記事を書いたときから、Praatのスクリプトの文法は大幅に変わった。変更点について「音声分析ソフトPraatのスクリプト機能の文法が大幅変更」という記事にまとめたので、ご一読なさることをおすすめする。なお、以下に記してある古い文法で記述してもスクリプトは動くのでご安心ください ((後方互換性が存在しており、古い文法の書き方も許容される。)) 。

なお、この記事とほぼ同内容の「Praatスクリプト基礎文法最速マスター」というPDFファイルも用意したので、オフラインで見たければ、そちらを利用していただければ幸いである。

また、以前、「音声分析ソフトPraatの使用に役立つウェブサイト」というタイトルで、Praatに関する説明などが載っているウェブサイトを紹介する文章を書いたのでそちらも参照すると良いだろう。

付言すると、「最速マスター」とは、2009年から2010年にかけて一部で流行していたプログラミング言語の紹介手法のことである。これは、各言語の特徴を簡潔にブログなどで紹介したものである。他のプログラミング言語の「最速マスター」のまとめとして、『ネットサービス研究所』の「プログラミング基礎文法最速マスターまとめ」があるので、興味がある人はそちらをご覧いただきたい。

基礎

Praatとは

音声学に関する様々な分析が行えるフリーソフト。単純な音声分析だけでなく、音声合成、音声を提示する実験、簡単な統計分析なども可能で、言語音の研究には必要不可欠なソフトである。公式サイトからダウンロードできる。Windows, Macintosh, LinuxなどさまざまなOSで使用できる。

Praatのスクリプト機能とは

Praatは基本的にGUI ((Graphical User Interfaceの略。アイコンやボタンなど視覚的要素をマウスで操作するのが基本。)) で使うソフトで、マウスでカチカチすることで分析を行う。しかし、これでは繰り返し作業などが面倒なので、いろんなことを一気に処理できるスクリプト機能が用意されている。

Praatのスクリプトは、単純な手続き型言語で、制御構造やサブルーチンも問題なく書ける。プログラミングの経験がある人にとって、Praatのスクリプトの仕組みを理解することは難しくないだろう。

Praatのスクリプトを作るのには以下のようにすれば良い。まず、Praatを立ち上げる。すると、“Praat Objects”というウィンドウが出てくる。このウィンドウのメニューから“Praat”→“New Praat script”を選ぶと、Praatのスクリプトエディタが出てくる。そこにスクリプトを色々書いた上で、スクリプトエディタのメニューから“Run”→“Run”を選ぶとスクリプトが実行される。

echo文

“echo”の後に何か文字列を入れると、それが表示される。

普通のプログラミング言語と違って、表示したい文字列をクォーテーションマークで囲む必要は無い。

echo Hello world

上記のecho文を実行すると、“Praat Info”という出力ウィンドウに、以下のような文字列が表示される。

Hello world

厳密に言うと、“echo”は、それまでの出力ウィンドウを消した上で、新しい出力ウィンドウを出して、そこに文字列を表示する命令である。このため、“echo”を使うと、それまで出力ウィンドウに表示されていたものは消えてしまう。以下のスクリプトを見てみよう。

echo Hello world
echo Goodbye world

このスクリプトでは、最初のecho文でHello worldが出力されるが、2行目のecho文でHello worldが出力されたウィンドウが消され、新しい出力ウィンドウにGoodbye worldが出力される。結果として、Goodbye worldしか出力されていないように見えてしまう。

既になされた出力を消さないようにするには、“echo”の代わりに“printline”を使う。

echo Hello world
printline Goodbye world

上記のスクリプトの出力結果は、以下のようになる。なお、上記のスクリプトで、Hello worldの前の“echo”を“printline”にするとうまく動かない。“printline”は既存のウィンドウに出力する命令であって、出力ウィンドウの作成は行わない。このため、まず“echo”で出力ウィンドウを作成する必要があるのだ。

Hello world
Goodbye world

コメント

行頭に “#” か “;” を入れるとコメントになる。

# this is a comment
; this is another comment

どっちを使っても良いのだが、恒久的なコメントは “#” で、臨時的なコメントは “;” にすると分かりやすいだろう。

変数

変数は宣言せずにいきなり代入ができる。データ型の指定も必要ない。

ただし、数値を格納する変数はドル記号を末尾につけず、文字列を格納する変数はドル記号を末尾につけるという決まりがある。

例えば、数値を格納する場合、以下のようにする。

a = 7.8

以下のようにドル記号を末尾につけるとエラーが出てしまう。

a$ = 7.8

これに対して、文字列を格納する場合は以下のようにする。

w$ = "hoge"

以下のようにドル記号を末尾につけないとエラーが出てしまう。

w = "hoge"

変数の中身を出力したい場合、以下のようにすると、単に“w$”と出力されてしまう。

w$ = "hoge"
echo w$

“w$”の中身を出力するには、以下のように変数をシングルクォーテーションで囲む必要がある ((Praatのecho文におけるクォーテーションの有無のふるまいは普通のプログラミング言語と逆になっていることに注意する必要がある。普通の言語では、“echo x”とすると変数“x”の中身を出力し、“echo ‘x’”で‘x’という文字列そのものを出力する。逆にPraatでは、普通の言語では、“echo x”で‘x’という文字列を出力し、“echo ‘x’”で変数“x”の中身を出力するのである。)) 。以下の例は文字列変数の場合であるが、数値変数の場合も同様である。

w$ = "hoge"
echo 'w$'

変数名では小文字と大文字が区別される。つまり、“a”と“A”は別々の変数ということになる ((例外的に、後述するGUIダイアログで取得する変数については小文字と大文字が区別されない。)) 。

主な命令

四則演算など

四則演算などの書き方は、普通のプログラミング言語と同じ。

  • 足し算:4+5
  • 引き算:12-7
  • 掛け算:5*6
  • 割り算:24/8
  • 累乗:7^2
  • 平方根:sqrt(3)
  • 三角関数(ラジアンで):sin(1/4*pi)

“x++”という形のインクリメント ((変数に格納されている数値を1だけ大きくすること。)) はできない。なお、“x = x+1” の意味 ((この操作によって、変数“x”に格納されている値を1だけ大きくしている。)) で、“x += 1”と書くことはできる。

なお、Praatは音声分析に関するソフトということもあって、音声に関する命令や統計に関する命令が色々ある。例えば、標準正規分布の累積分布を出すには“gaussP(0.5)”のようにすれば良いし、ヘルツをバーク尺度に変えるには“hertzToBark(1000)” ((普通のプログラミング言語と同じく、命令の後の括弧の中に入っているものが引数と見なされる。例えば、“hertzToBark(1000)”なら、“1000”が“hertzToBark”の引数となっている。)) のようにすれば良い。

文字列演算

“+”で文字列をつなげることができる。以下のスクリプトを実行すると、“hogepiyo”が出力される。

w1$ = "hoge"
w2$ = "piyo"
result$ = w1$ + w2$
echo 'result$'

スクリプトからGUIメニューにアクセスする

Praatには、GUIメニューの名前がそのままスクリプトのコマンドになるという特徴がある。例えば、“Praat Objects”ウィンドウを表示しているとき、GUIメニューならば、メニューから“Help”の“Praat Intro”を選ぶと、Praatのヘルプが表示される。スクリプトから同じことをしたければ、スクリプトにこのメニューの名前をそのまま書けば良い。つまり、以下のようにスクリプトを書くだけ ((GUIメニューで上位にあるものをスクリプトに書く必要はない。この例の場合、GUIメニューで“Praat Intro”は“Help”メニューの下にあるが、スクリプトを書くときには“Help”を書く必要はない。)) で、Praatのヘルプが表示される。

Praat Intro

このようにGUIメニューの名前を並べることで、GUIでできることがスクリプトでもできるようになる。メニューの名前を書くとき、小文字と大文字は区別されるので要注意。

より具体的な例を見てみよう。Praatで、1 kHzの正弦波 ((いわゆる「ピー音」のこと。)) を作成し、それを再生し、作成された音声を削除する操作をしたいとする。GUIメニューを使う場合、以下のような手順で行う。

  1. Praatを起動して、“Praat Objects”というウィンドウを選ぶ。
  2. このウィンドウのメニューから“New”→“Sound”→“Create Sound from formula...”を選ぶ。
  3. すると、細かい設定をするためのダイアログが出てくるので、入力欄に以下の要領で入力し、“OK”ボタンを押す。
    • Name: 作成する音声の名前。ここでは “sineWave” と入れておく。
    • Number of channels: 作成する音声のチャンネル数。モノラル音声で良いので、ここでは “1” と入れておく。
    • Start time: 音声の開始時間。ここでは “0.0” と入れておく。
    • End time: 音声の終了時間。ここでは “1.0” と入れておく。
    • Sampling frequency: 作成する音声サンプリング周波数。ここでは “44100” と入れておく。
    • Formula: 作成する音声がどのようなものなのかを数式で示す。ここでは1 kHz、すなわち1000 Hzの正弦波を作りたいので “sin(2*pi*1000*x)” と入れておく。
  4. これで音声が作成されたので、“Praat Objects”の“Play”というボタンを押す。これで音声が再生される。
  5. その後、“Praat Objects”の“Remove”というボタンを押せば、先ほど作成した音声が消える。

上記のGUIメニューでの手順をスクリプトにすると以下のようになる ((2行目、すなわち“...”から始まっている行は、1行目のコマンドの続きである。だから、1行目の内容と2行目の内容をくっつけて、“Create Sound from formula... sineWave 1 0.0 1.0 44100 sin(2*pi*1000*x)”と1行にまとめて書いても良い。ここでは、まとめて書くと長くなりすぎてしまうので、コマンドの途中で改行した。そして、途中で改行したということを示すために、2行目の冒頭に“...”を付している。)) 。

Create Sound from formula... sineWave 1 0.0 1.0 44100
... sin(2*pi*1000*x)
Play
Remove

GUIで操作した際は“Create Sound from formula...”で、細かい設定をするためのダイアログに数値などを入力した。しかし、スクリプトの場合はダイアログが出てこないので、GUIだとしたらダイアログに入れるべき内容を“Create Sound from formula...”の後に並べる ((GUIダイアログで上にあるものから並べるようにする。)) 必要がある。

なお、Praatの仕組みとして、“Create Sound from formula...”のように、末尾にピリオドが3つあるものは、GUIでは設定用のダイアログが出現するので、スクリプトではそのダイアログに対応する設定内容をコマンドの後に書かなくてはならない。

制御構造

if構造

以下の例では、“a”に格納されている数値が正なら “b”は5、負なら“b”は8、さもなければ、“b”は0となる。

if a > 0
  b = 5
elsif a < 0
  b = 8
else
  b = 0
endif

while構造

“while”と“endwhile”とで囲む。以下では、“i”が10未満という条件が満たされている限り、“i”に1ずつ加算している。

i = 0
while i < 10
  i = i + 1
endwhile

for構造

“for”と“endfor”で囲む。以下では、1から5までの整数の和がいくつになるかを求めている。

sum = 0
for i from 1 to 5
  sum = sum + i
endfor
echo 'sum'

Praatの制御構造には他に“repeat-until”文があるが、その説明は割愛する。

比較演算子

数値比較

  • a = b(同じか?)
  • a <> b(異なるか?)
  • a < b(aはbより小さいか?)
  • a > b(aはbより大きいか?)
  • a <= b(aはb以下か?)
  • a >= b(aはb以上か?)

文字列比較

  • a$ = b$(同じか?)
  • a$ <> b$(異なるか?)
  • a$ < b$(ASCII順 ((ASCIIとは、文字コードの仕組みの1つ。極めて単純化して言えば、英字に関しては辞書順に並ぶ。)) でaはbより先か?)
  • a$ > b$(ASCII順でaはbより後か?)
  • a$ <= b$(ASCII順でaはbより先もしくは同じか?)
  • a$ >= b$(ASCII順でaはbより後もしくは同じか?)

サブルーチン

サブルーチンを定義するには、命令を“procedure”と“endproc”で囲む。“procedure”の直後に書かれたものがそのサブルーチンの名前になる(以下の例では、“hogePiyo”)。引数を持たせたい場合は、サブルーチンの名前の次に、変数名を書けば良い(以下の例では、“variable”)。

procedure hogePiyo variable
  #some commands
endproc

メインルーチンなどから、サブルーチンを呼び出すには、“call”を使う。

call hogePiyo variable

スコープ

Praatの変数は、常にグローバルで解釈されるのが基本である。メインルーチンでの変数がサブルーチンからそのままアクセスできるし、その逆も可能。スコープを限定したい場合、“.a”のように変数の前にピリオドをつける。

.a = 42
 b = 56

call subRoutine
echo '.a'
printline 'b'

procedure subRoutine
  .a = -17
   b = -29
endproc

上記のスクリプトを実行すると、以下のように表示される。

42
-29

変数“b”には、最初は56が格納されていたものの、“subRoutine”が呼び出されたところで、24が代入されたのである。

その他

  • インデントは無視される。
  • 基本的に1行に1コマンドずつ書く。ただし、長いコマンドを分割することも可能。行の冒頭に“...”(ピリオド3つ)を置くと、前の行の続きであると見なされる。

ファイル入出力

(テキスト)ファイルの中身を変数に入れる。

hoge$ < piyo.txt

変数の中身を新しい(テキスト)ファイルに書き出す。

hoge$ > piyo.txt

変数の中身を既存の(テキスト)ファイルに書き加える。

hoge$ >> piyo.txt

配列

厳密に言えば、Praatのスクリプトには配列はないしかし、変数を以下のように書くことができるので、見た目だけは配列があるように見せることができる。

a[0] = 5
a[1] = 10
a[2] = 15
a[3] = 20

しかし、配列として宣言しているわけではないし、配列に一気に代入することもできないので、あまり意味がない。以下 ((“i”を1から10まで1つずつ増やしている間、“squared[i]”に“i”の平方を代入していくという操作を表している。)) のように制御構造などで少し使えるかもしれないといった程度である。

for i from 1 to 10
  squared[i] = i^2
endfor

ちなみに、配列の添数は数値であれば何でも良いので、以下のように小数や負数が添数になってもエラーが出ない。

a[4.3] = 38
a[-15] = 53

GUIダイアログの作成

Praatのスクリプトでは、“form”と“endform”で囲むことで、簡単にGUIダイアログを作ることができる。“form”の直後に書かれたものが、そのダイアログのタイトルになる。例えば、以下では、“Personal Information”がタイトルとなる。ダイアログに含まれる数値などの入力欄の設定は“form”と“endform”の間に書く。

form Personal Information
   word Family_Name Sato
   word First_Name Taro
   natural Age 42
endform

ダイアログに表示される入力欄は1行ずつ書く。各行は「欄の種類」、「欄の名前」、「その欄のデフォルト値」 ((「欄の種類」、「欄の名前」、「その欄のデフォルト値」は空白で区切る。)) の順で記述する。上のスクリプトの“word Family_Name Sato”は、単語を入れる入力欄(“word”)を作成せよ、その欄の名前は“Family_Name”とせよ、デフォルト値は“Sato”とせよということを示している。また、“natural Age 42”は、正の整数を入れる入力欄(“natural”)を作成せよ、その欄の名前は“Age”とせよ、デフォルト値は“42”とせよということを示している。

欄の種類には、様々なものがある。以下に代表的なものを挙げる ((これはあくまでも入力欄の種類を表したものであって、データの型を表したものではない。)) 。

  • “real”:実数(正負問わず)
  • “positive”:正の実数
  • “integer”:整数(正負問わず)
  • “natural”:正の整数
  • “word”:空白を含まない文字列
  • “sentence”:文字列 ((短めの文字列を入力することが想定されている。空白を含んでも良い。))

上記のように作成したGUIダイアログに入力された値をスクリプトの中で取得するには、欄の名前を使う。例えば、上述のスクリプトで、“natural Age 42”と定義したが、この欄の値を取得したければ、スクリプト中で“Age”と書けば良い ((実は“age”と書いてもOK。Praatの変数名は小文字と大文字を区別するのだが、“form”と“endform”で囲んで作ったダイアログに基づく変数は小文字と大文字を区別しないようだ。)) 。また、上述のスクリプトで、“word Family_Name Sato”と定義したが、この欄の値を取得したければ、スクリプト中で“Family_Name$”と書けば良い。“Family_Name”の欄には文字列が入るので、変数として呼び出すときには、ドル記号をつける必要があることに注意。

注釈