2014年のフランスのバカロレアの哲学の問題

概要
2014年6月14日にフランスで行われたバカロレア(大学入学資格試験)の哲学の試験でどういう問題が出題されたかを紹介。

バカロレアと哲学

この記事では、6月16日に実施された2014年のフランスのバカロレアでの哲学の問題を紹介する。フランスでは、6月に大学入学資格試験であるバカロレア (baccalauréat) が行われる。哲学 (philosophie) はバカロレアで必ず受験しなくてはならない科目である。

フランスにおけるバカロレア (baccalauréat) は、大学への入学資格を得るための国家的な統一試験である。フランスのリセ (lycée) は、日本で言うと高等学校に相当するが、そこでは哲学の授業が必須となっている。バカロレア受験の際も文系・理系関係なく哲学を受験しなくてはならない。

哲学の試験は4時間かけて行われる。専攻ごとにそれぞれ異なる問題が出される。各専攻とも3問出題される。1問目と2問目は短い疑問文の形で与えられた哲学的な問題に対して自分なりに考えて文章を書く問題である。3問目は哲学者が書いた文章を読んで、その解釈を書く問題である。すべてに答える必要はなく、1問を選んで答えれば良い。

ちなみにルモンドの Bac 2014 : les sujets de philosophie ont cuité という2014年6月16日付けの記事によると、2014年のバカロレアの哲学の問題が、試験開始から19分後にTwitter上で投稿されたというトラブルが起きたそうだ。

さて、哲学の試験と聞くと、とても高尚なもので普通の人では解けないような難しい問題だと考えてしまう人もいるかもしれない。だが、現代のバカロレアはありふれた若者が受ける試験であって、そんなに難しい問題ではない。最近はバカロレアの合格率は8-9割にも達しているぐらいであり、特別な人だけが合格するというわけではない。そして、フランスの若者がみな哲学的でよくものを考えているというわけではない。リセでの授業をちゃんとこなせば、十分に解くことができる問題なのだ。

人文系の哲学の問題

まずは人文系 (littéraire; L) の生徒に対する2014年のバカロレアの哲学の問題を見てみよう。

  1. 芸術作品は我々の知覚を鍛えるのか? (Les œuvres d’art éduquent-elles notre perception ?)
  2. 幸せになるために何でもすべきか? (Doit-on tout faire pour être heureux ?)
  3. カール・ポパー『客観的知識』(« La connaissance objective ») の抜粋の解説

問1のような芸術に関する問題は過去に出されたことがある。例えば、2011年の経済社会系では「芸術は科学ほど必要ではないのか?」 (L’art est-il moins nécessaire que la science ?) という問題が出されているし、2010年の人文系では「芸術は規則なしで済ますことができるのか?」 (L’art peut-il se passer de règles ?) という問題が出されている。

問2のような幸福に関する問題も過去に出されたことがある。例えば、2010年の理系では「幸福であることは我々次第なのか?」 (Dépend-il de nous d’être heureux ?) という問題が、2006年の経済社会系では「真理よりもむしろ幸福を選ぶべきか?」 (Faut-il préférer le bonheur à la vérité ?) という問題が出されている。

問3は、カール・ポパーの『客観的知識』から抜粋された300語程度の文章を読んで、その解説を書く課題である。ポパーは20世紀最大の科学哲学者の一人。今回の試験で抜粋された部分は物理学的決定論 (déterminisme physique) に対して批判を行った部分である。抜粋された部分は長いので訳出しなかった。出題された文章を読みたい人は、Philosophie magazine での2014年人文系バカロレア哲学の問3の解説を参照のこと。

経済社会系の哲学の問題

次に経済社会系 (économique et social; ES) の生徒に対する2014年のバカロレアの哲学の問題を見てみよう。

  1. 自由になる選択権があるだけで十分か? (Suffit-il d’avoir le choix pour être libre ?)
  2. なぜ自分自身のことを知ろうと努めるのか? (Pourquoi chercher à se connaître soi-même ?)
  3. ハンナ・アーレント『人間の条件』(« Condition de l’homme moderne »)の抜粋の解説

問1のような自由に関する問題はバカロレアの哲学で頻出する。例えば、2012年の理系の哲学で「国家がなければ我々はより自由になるだろうか?」 (Serions-nous plus libre sans l’Etat ?) という問題が出ているし、2011年の経済社会系の哲学で「自由は平等によっておびやかされるのか?」 (La liberté est-elle menacée par l’égalité ?) という問題が出ている。

問2のような「なぜ」 (pourquoi) と問いかける形式の問題は珍しい。今回紹介している他の問題を見れば分かるように、大体の問題は「はい」か「いいえ」かで答えることができる疑問文で問いかけているのだ。なお、経済社会系では、2003年に「なぜ我々は美を感じ取れるのか?」 (Pourquoi sommes-nous sensibles à la beauté ?) という問題が出されて以来、去年まで「なぜ」と問いかける問題は出されなかった。他のバカロレアでも、2005年の技術系での「なぜ我々は自由であることを望むのか?」 (Pourquoi voulons-nous être libres ?) という問題が出されてから、「なぜ」と問いかける問題は出されていないようである。

問3で扱われているハンナ・アーレント (Hannah Arendt) はドイツ生まれでアメリカで活躍した哲学者である。政治哲学の研究で有名。この問題ではアーレントの『人間の条件』から抜粋された300語弱の文章を読んで、その解説を書くことが求められている。なお、『人間の条件』の原題名は The Human Condition (人間の条件) なのだが、フランス語の題名は « Condition de l’homme moderne » (現代人の条件)となっている。「現代」が付け加えられているのは、アンドレ・マルローの有名な小説で « La Condition Humaine » (人間の条件)というものがあるためである。両者を区別するために、アーレントの著書には「現代」が加わったのだ。さて、この問題では、工具と機械の違いと機会と人間の関係に付いて述べた部分が記されている。抜粋された部分は長いので訳出しなかった。出題された文章を読みたい人は、Philosophie magazine での2014年経済社会系バカロレア哲学の問3の解説を参照のこと。

理系の哲学の問題

今度は理系 (scientifique; S) の生徒に対する2014年のバカロレアの哲学の問題を見てみよう。

  1. 我々は幸せになるために生きているのか? (Vivons-nous pour être heureux ?)
  2. 芸術家はその作品の主人なのか? (L’artiste est-il maître de son œuvre ?)
  3. デカルト『精神指導の規則』(« Règles pour la direction de l’esprit » ) の抜粋の解説

問1は幸福に関する問題である。人文系の哲学の問題の解説で見たように、幸福に関する問題は過去に出されたことがある。

また、問2は芸術に関する問題である。先に人文系の哲学の問題の解説で見たように、芸術の話題も過去に出されたことがある。日本なら理系には芸術のような人文的な話題は出さず、科学哲学の問題を出そうという考えが出てくるかもしれないが、フランスでは理系に対してもこういったふうに純粋に芸術の問題が出される。

問3は、ルネ・デカルト (René Descartes) の『精神指導の規則』から抜粋された200語強の文章を読んで、その解説を書く課題である。デカルトは近代哲学の祖と言っても良い有名なフランスの哲学者である。「我思う、故に我あり」という彼の言葉ならどこかて聞いたことがある人も多いだろう。デカルトは前年(2013年)の人文系でも出題されている。その際は『エリザベートへの手紙』の抜粋を解説する問題であった。2014年に出題されたところは、算術と幾何が他の学問に比べてより「確実」であると述べている部分。これに関しても、抜粋された部分は長いので訳出しなかった。出題された文章を読みたい人は、Philosophie magazine での2014年理系バカロレア哲学の問3の解説を参照のこと。