オツベルと社畜

概要
象の群れに仕事場をこわされてしまったオツベルは、それにめげずに新しい会社を始めた。ところが、その会社に突然就活生が現れた。この就活生はどうなるのだろうか。

注意書き

この物語はフィクションです。なお、オツベルが象とたわむれた話については『青空文庫』の「オツベルと象」をご覧ください。

本文

第十一日曜

オツベルときたら大したもんだ。この前、象の群れに仕事場を壊されたと思ったら、また新しい器械を何台も据えつけて、新しい商売をはじめている。

十六人の社員どもが、目を充血させながらキーボードをたたき、スパゲッティのようにこんがらがったプログラムを片っぱしからつくっていく。プログラムのソースはどんどん下っ端に投げられて、また新しいスパゲッティコードができる。そこらは、インスタント食品やら泊まりこむための寝袋やらで、まるで戦場のようだ。

カップ麺のにおいのするその仕事場を、オツベルは、大きな中国製のタブレットPCを手にして、ゲームオーバーにならないよう、眼を細くして気をつけながら、両手を使って、ぶらぶらパズルゲームをしたりする。

職場はそんなに小さくなかったのだが、何せ人と器械がひしめきあっているから、のんのんのんのんふるうのだ。中にはいるとそのために、すっかり腹がすくほどだ。そしてじっさいオツベルは、そいつで上手に腹をへらし、ひるめしどきには、三百グラムほどのステーキだの、雑巾ほどあるオムレツの、ほくほくしたのをたべるのだ。

とにかく、そうして、のんのんのんのんやっていた。

そしたらそこへどういうわけか、その、就活生がやってきた。就活生だぜ、人形にリクルートスーツを着せたのではないぜ。どういうわけできたかって? そいつは就活生のことだから、たぶんぶらっと学校を出て、ただ何となくきたのだろう。

そいつが仕事場の入口に、ゆっくり顔を出したとき、社員どもはぎょっとした。なぜぎょっとした? よくきくねえ、何をしだすかしれないじゃないか。かかりあってはたいへんだから、どいつもみな、いっしょうけんめい、じぶんのソースコードを書いていた。

ところがそのときオツベルは、ならんだ器械のうしろの方で、ポケットに手を入れながら、ちらっとするどく就活生を見た。それからすばやく下を向き、何でもないというふうで、いままでどおりパズルゲームをしていたもんだ。

するとこんどは就活生が、就活用の名刺をとりだしたのだ。社員どもはぎょっとした。それでも仕事がいそがしいし、かかりあってはひどいから、そっちを見ずに、やっぱりソースコードを書いていた。

オツベルは奥のうすくらいところで両手をポケットから出して、も一度ちらっと就活生を見た。それからいかにも退屈そうに、わざと大きなあくびをして、両手を頭のうしろに組んで、いったりきたりやっていた。ところが就活生がいせいよく、エントリーシートをとりだして、職場に入りこもうとする。社員どもはぎくっとし、オツベルもすこしぎょっとして、大きなタブレットをいじるのをやめた。それでもやっぱりしらないふうで、ゆっくりそこらをあるいていた。

そしたらとうとう、就活生がのこのこ上ってきた。そして器械の前のとこを、のんきにあるきはじめたのだ。

ところが何せ、器械のディスプレイにはスパゲッティのようなコードが表示されていて、エラー表示がパチパチ出てくるのだ。就活生はどうにも意味がわからないらしく、小さなその眼を細めていたが、またよく見ると、たしかに少しわらっていた。

オツベルはやっと覚悟をきめて、器械の前に出て、就活生に話をしようとしたが、そのとき就活生が、とてもきれいな、うぐいすみたいないい声で、こんなことをいったのだ。

「イーハトーブ大学クラムボン学科からまいりました。本日は貴重なお話をありがとうございます。」

さあ、オツベルはこういった。

「どうだい、ここは面白いかい。」

「はい、大変興味深いお話をありがとうございます。」

就活生が定規のようにからだをすっと伸ばして、眼を細くして返事した。

「うちの会社にきたらどうだい。」

社員どもははっとして、息を殺して就活生を見た。

就活生はけろりとして「はい。喜んで内定をお受けいたします。」と答えたもんだ。

「そうか。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか。」オツベルが人さらいのような顔をしながらそういった。

どうだ、そうしてこの就活生は、もうオツベルの財産だ。いまに見たまえ、オツベルは、あの就活生を、はたらかせるか、下請け会社に売りとばすか、どっちにしても何百万円以上もうけるぜ。

第十二日曜

オツベルときたら大したもんだ。それにこの前、会社で、うまくじぶんのものにした、新入社員もじっさい大したもんだ。プログラミングのプの字もしらなかったのに、コピペで何とかコードを書くことができるようになった。体も全体、健康的でがんじょうなのだ。そして文句をいわずにずいぶんはたらくもんだ。けれどもそんなにかせぐのも、やっぱり主人がえらいのだ。

「おい、お前はスマートフォンはいらないか。」新入社員の前にきて、オツベルはタブレットPCをたずさえて、顔をしかめてこうきいた。

「普通の携帯電話を持っているのでいらないですよ。」

新入社員がわらって返事した。

「まあ持ってみろ、いいもんだ。」

こういいながらオツベルは、ストラップを付けたスマートフォンを、新入社員に手わたした。

「なかなかいいですね。」

新入社員もいう。

「アプリも入れなくちゃだめだろう。」

オツベルときたら、GPSで行動を監視するためのアプリをさ、そのスマートフォンに入れたのさ。

「ええ、なかなかアプリはいいですね。」

アプリを確かめて新入社員がいう。

次の日オツベルは両手をうしろで組んで、顔をしかめて新入社員にいう。

「すまないが税金も高いから、今日はすこうし、タイムカードを打ったあとも残業してくれ。」

「はい、ぼくはどうせ仕事もたまっていましたし、もうちょっと続けて仕事をしますよ。」

新入社員は眼を細くしてよろこんで、夜遅くまで、プログラムを書いていた。そしてエラーの処理をほどこした。

早朝新入社員は会社にいて、コンビニで買った幕の内弁当とポテトサラダをたべながら、西の十五日の月を見て、

「ああ、仕事をするのはゆかいだねえ、さっぱりするねえ」といっていた。

「すまないが税金がまたあがる。今日はすこうし、タイムカードを打ったあとも、終電ぎりぎりまで残業してくれ」オツベルは赤い手袋に両手をつっこんで、次の日新入社員にそういった。

「はい。喜んで仕事しましょう。ぼくはぜんたい夜ふかしをするのは大すきなんです」新入社員はわらってこういった。

オツベルは少しぎょっとして、タブレットPCを手からあぶなく落としそうにしたがもうあのときは、新入社員がいかにも愉快なふうで、ゆっくりあるきだしたので、また安心して小さなせきを一つして、他の社員どもの仕事の方を見に行った。

その日の夜遅くに、新入社員は今までよりずっと多くの仕事が終わり、眼を細くしてよろこんだ。

翌朝新入社員は会社にいて、コンビニで買った幕の内弁当をたべながら、西の十六日の月を見て

「ああ、せいせいした。サンタマリア」とこうひとりごとしたそうだ。

その次の日だ。

「すまないが、税金が五倍になった。今日はすこうし外へ出ていって、アポなしの飛び込み営業をしてくれないか」

「はい、営業しましょう。本気でやったら、ぼく、もう、ノルマなんて、かんたんに、たっせいできますよ」

オツベルはまたどきっとしたが、気を落ち付けてわらっていた。

新入社員ははやばやと外に出て、あしが折れそうなぐらいぐるぐると、ノルマを達成するために夜遅くまで営業を続けたのだ。

新入社員は終電の中で、駅のキヨスクで買ったインスタントの味噌汁とおにぎりだけをたべながら、空の十七日の月を見て

「ああ、つかれたな、うれしいな、サンタマリア」とこういった。

どうだ、そうして次の日から、新入社員は始発に乗って出勤するのだ。朝食も今日は小さなおにぎりが一つだ。よくまあ、それだけで、あんな元気がでるもんだ。

じっさいなにもしらない新入社員はけいざいだよ。それというのもオツベルが、頭がよくてえらいためだ。オツベルときたら大したもんさ。

第十五日曜

オツベルかね、そのオツベルは、おれもいおうとしてたんだが、ますます社畜をふやしたよ。

まあ落ちついてききたまえ。前にはなしたあの社畜を、オツベルはすこしひどくしすぎた。しかたがだんだんひどくなったから、社畜がなかなか笑わなくなった。時にはなにか見えてはいけないものを見ているかのように、じっとこんなにオツベルを見つめるようになってきた。

ある朝、社畜は社畜小屋で、小さなあめを一つなめながら、二十二日の月をあおぎみて、「苦しいです。サンタマリア。」といったということだ。

こいつを聞いたオツベルは、ことごと社畜につらくした。

ある朝、社畜は社畜小屋で、ふらふらたおれて地べたに座り、何もたべずに、二十三日の月を見て、「もう、さようなら、サンタマリア。」とこういった。

「おや、何だって? さよならだ?」月がにわかに社畜にきく。

「ええ、さよならです。サンタマリア。」

「なんだい、ちゃんと学校を出たのに、からっきし頭のはたらかないやつだなあ。うったえるべき場所にうったえたらいいや。」月がわらってこういった。

「どうすればいいかわかりませんよう。」社畜はほそういきれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。

「そら、これをつかいなさい。」すぐ眼の前で、かあいい子どもの声がした。社畜が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、ボールペンと紙をささげていた。社畜はさっそく手紙を書いた。

童子はすぐに手紙をもって、外に飛びだしていった。

それを見たのがオツベルだ。オツベルはいつかどこかで、こんなようすで赤衣の童子が飛びだしたのを見たもんだ。そして、その日には、象の群れがおしよせて、オツベルの小屋をくちゃくちゃにしたそうだ。

そうこうするうちに、グララアガア、グララアガアという音が聞こえてきたもんだ。あまり大きな音なので、オツベルの会社の社員どもが、窓をあけて向うを見た。この前の象の群れのように、就活生が群れになっておしよせてくる。きっと象のときと同じく、仲間を取り戻しにきたんだろう。さあ、社員どもは、まるっきり、血の気もうせてかけこんで、

「社長お、社畜の仲間です。おしよせてきました。社長お、社畜の仲間です。」と声をかぎりにさけんだもんだ。

ところがオツベルはやっぱりえらい。問題が起きたときは、もう何もかもわかっていた。

「おい、社畜のやつは社内にいるのか。いる? いる? いるのか。よし、とびらをしめろ。とびらをしめるんだよ。早く社畜小屋のとびらをしめるんだ。ようし、早くかぎを持ってこい。とじこめちまえ、ちくしょうめじたばたしやがるな、かぎを何重にもしろ。何ができるもんか。わざと心を壊してあるんだ。ようし、もっとかぎを持ってこい。さあ、大丈夫だ。大丈夫だとも。あわてるなったら。おい、みんな、こんどは書類だ。雇用に関する書類をかくせ。都合の悪いのをすてろ。タイムカード。タイムカード。そうだ。おい、みんな心配するなったら。しっかりしろよ。」

間もなく就活生の群れが会社をとりまいた。グララアガア、グララアガア、そのさわぎのおそろしいこと。社員どもはまきぞいなんぞくらいたくないから、つくえのしたにもぐってぶるぶるぶるぶるふるえている。

「おおい、おおい。」就活生の一人がさけんだ。

オツベルはまた会社をこわされてはたまらないから、いよいよやっきになった。

別の就活生が「だれにでもかんたんに内定をくれる会社はここか。」といっそう大きな声でさけんだ。

「グララアガア、内定をくれ、グララアガア、内定をくれ。」就活生の群れはざわざわざわざわとした音をたてた。

そんなわけで、オツベルは何もしないで社畜をたくさん手に入れたというわけだ。

「ああ、ありがとう。ほんとにぼくはこの会社ではたらけてうれしかったよ。」社畜はさびしくわらってそういった。

おや、そんなところではたらいちゃいけないったら。