『系統樹曼荼羅』はながめるとワクワクする

概要
人類がこれまで描いてきた分類・系統を示す鎖・樹・網の図像を多数収録した本の書評。ながめていると、人類の知的営みの姿が見えてきて楽しい。

はじめに

系統樹曼荼羅』という本を読んだ。

この本は、分類・体系化という知的作業、そしてこの知的作業を図示する方法がいかに多様であるかを描いた本だ。人類が今までに作ってきた系統樹などの美しい図版を多数収録している。全部がカラー印刷という訳ではないが、カラーで収録されている図版もある。

ページの約半分が画像で残りの約半分が解説の文章といったところだ。解説の文章を読まずとも、ぼんやりと絵を見ているだけでも楽しいだろう。この本は「読む本」でもあるし、「ながめる本」でもある

この本のタイトルは『系統樹曼荼羅』であるが、載せられている図像は樹の形をしたものに限られない。副題に「チェイン・ツリー・ネットワーク」とあるように、鎖状、樹状、網状の図像が掲載されている。基本的には、分類・体系・関係といったものを示す図が載っている。ただし、表現されている内容は非常に幅が広い。

読み方

この本の内容は実に多岐にわたっている。というのも、系統樹で表されるものが実に多種多様であるからだ。主に扱われているのは、生物と人間の系譜を図示したものである。しかし、他にも色々な系統樹が載っている。例えば、

などを扱った系統樹がある。さらに、樹の形をしたものだけでなく、網のような形、円形になったもの、3次元で表されるものなど、実に多種多様のものが載っている。

このようにあまりに多岐にわたっているので、一度読んだだけで全容をつかむのは難しい。冒頭から真面目に読もうとすると疲れるかもしれない。

この本を読むときは、まず本の終わりの方にある「系統樹リテラシーのために」という文章から読むと良い。短い文で系統樹についての基礎知識がまとめられている。また、どういう類型の系統樹があるかについても書いてある。

「系統樹リテラシーのために」を読み終えたら、あとは好きに読めば良い。個人的には次のように読むことをおすすめする。この本をパラパラめくって、面白そうだったりワクワクしたりする図を見つける。そうしたら、その図の解説を読んでみる。こんな感じで読み進めていくのが良いと思う。この本の内容は幅が広いが、逆説的に好きなところから読める本であると思う。私としては、第III部の6節目の「アートとしての普遍系統樹」が最初に読むには面白いと思う。

内容

『系統樹曼荼羅』の内容について紹介しよう。先に述べたように、かなり幅が広い本なので、以下の紹介では捉えきれない部分があるだろうが、ご容赦願いたい。

なお、詳しい目次は、出版元であるNTT出版の『系統樹曼荼羅』の紹介ページに載っている。

第I部「生物樹」

第I部は「生物樹」と題して、生物を系統樹にあらわす営みについて語っている。生物の進化を念頭に置いた図像が多いが、ダーウィンの進化論以前の図像も載っている。

19世紀のドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルが描いた生物の系統樹。『系統樹曼荼羅』の23ページにも同じ図がある。
19世紀のドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルが描いた生物の系統樹。『系統樹曼荼羅』の23ページにも同じ図がある。

第II部「家系樹」

第II部では第I部とはうってかわって人間の系譜――家系を表した図像を扱っている。歴史の教科書で、皇室や藤原家の系図が載っているのを見たことがあるだろう。あの系図の類を扱っているのだ。

人間は古来から家系を図に表してきた。この本の第II部では、まず西洋のキリスト教世界で古代から中世にかけて家系の可視化がどのように行われてきたのかを紹介することから始めている。そして第II部の後半では、新大陸やイスラーム世界などの非キリスト教世界でも家系を樹状に表す例があることに触れ、このような樹の形をしたものに対する関心が普遍的であることを示している。

第III部「万物樹」

第III部こそこの本の面目躍如だ。ここでは、生物や人間の系譜を離れて、様々なものが系統樹として書かれていることが記されている。

私にとってはこの部分が一番面白かった。様々な現象――知識の体系、会社の組織、ゲームの系統など――が系統樹、あるいは鎖や網の形で表されるということが実に美しく描かれている。

関連情報

(2013年3月3日追記)著者の三中信宏氏のウェブサイトに著者自身による『系統樹曼荼羅』の紹介文が掲載されている。

氏は、他にも系統樹に関する本を書いている。一般向けの本としては、以下のようなものがある。

私は『系統樹思考の世界』を読んだことがあるが、結構難しい。複数の話題が並行して語られているので、話の流れを捉えにくかった。とはいえ、学問に対する考え方などが、刺激的であったという感想を持った。

また、三中氏は“archief voor stambomen”というブログを運営している。このブログでは古今東西の様々な系統樹が紹介されている。「系統樹ハンターの狩猟記録」という副題がかっこいい。

他の人が書いた『系統樹曼荼羅』の書評としては以下のものがある。