アメリカ大統領は年々言語力が低下している?

概要
アメリカ大統領の一般教書演説が年々簡単になっていることから、言語力が低下しているとする「分析」について。この「分析」は様々な問題をはらんでいる。

はじめに

ガーディアン紙 (The Guardian) のウェブサイトに“The state of our union is … dumber: How the linguistic standard of the presidential address has declined”というインフォグラフィック [1] が掲載されている。このタイトルを和訳すれば、「我が国の状況は…アホウだ―大統領演説の言語的水準がどう低下しているのか」となる。つまり、アメリカ大統領は年々言語力が低下しているということが言いたいようなのだ。

このインフォグラフィクスは、無根拠に言語力が低下していると言っているわけではない。後で見るように、ちゃんと根拠はある。だが、この根拠はあまり当てになるものでもないし、ガーディアン紙の分析も妥当なものだとは言えない。

ガーディアン紙のインフォグラフィックでは、Flesch-Kincaid Grade Levelという指標でアメリカ大統領の一般教書の読みやすさを測っている。この指標は数値が大きいほど、文章が複雑であることを示している。以下に引用する図からも分かるように、年を追うごとに、この指標の数値が小さくなっている。つまり、文章が単純になっているということだ。文章が単純だから言語力が低下していると、ガーディアン紙は考えているようにもみえる。

アメリカ大統領の一般教書の読みやすさの変遷。ガーディアン紙のウェブサイトの“<a href="http://www.guardian.co.uk/world/interactive/2013/feb/12/state-of-the-union-reading-level">The state of our union is … dumber</a>”という記事(2013年2月12日付、2013年2月28日閲覧、Guardian US interactive teamにより作成)より引用。
アメリカ大統領の一般教書の読みやすさの変遷。ガーディアン紙のウェブサイトの“The state of our union is … dumber”という記事(2013年2月12日付、2013年2月28日閲覧、Guardian US interactive teamにより作成)より引用。

だが、このガーディアン紙の「分析」には問題がある。まず、文章の複雑さはFlesch-Kincaid Grade Levelという1つの指標だけで測りきれるものではない。また、文章が単純だからと言って、言語力が低いとは限らない。他にも色々問題はあるのだが、それはおいおい見ていくことにしよう。

ガーディアン紙のインフォグラフィックが表すもの

今回題材として取り上げている“The state of our union is … dumber”というインフォグラフィックについてもう少し詳しく検討してみよう。困ったことに、このインフォグラフィックにはちゃんとした解説文がない。だから、このインフォグラフィックを作成した人がどんな意図をもって作成したのかがはっきりしない。これから述べることは、タイトルやキャプションなどのごくわずかな情報から私がくみとったものであるので、誤解などがあるかもしれないがご容赦願いたい。

一般教書演説を行うバラク・オバマ米国大統領(2013年2月12日、ホワイトハウスの公式フォトギャラリーの“<a href="http://www.whitehouse.gov/photos-and-video/photogallery/2013-state-union-address">2013 State of the Union Address</a>”より)
一般教書演説を行うバラク・オバマ米国大統領(2013年2月12日、ホワイトハウスの公式フォトギャラリーの“2013 State of the Union Address”より)

さて、このインフォグラフィックのタイトル“The state of our union is … dumber”について説明しよう。これは、直接的には、2013年2月のバラク・オバマ大統領の一般教書演説 [2] の“the State of our Union is stronger”(我が国の状況はより強固になっている)というセリフをもじったものであろう。この“the State of our Union is…”というのはアメリカの一般教書演説の決まり文句のようなものである。そもそも、「一般教書演説」の原語は“State of the Union Address”だ。つまり、これは文字通り“State of the Union”(国家の状況)を報告するものであって、演説の中では必然的に“the State of our Union is…”(我が国の状況は…)という言葉が出てくる。また“dumber”は「アホウ」とか「マヌケ」という意味の俗語である。つまり、このタイトルは「米国の状況がよりアホウになっている」という意味と、「一般教書演説がアホウだ」という意味が重なり合わさっているのである。

副題の“How the linguistic standard of the presidential address has declined”は先ほど訳したとおり、「大統領演説の言語的水準がどう低下しているのか」という意味になる。また、キャプションとして“Using the Flesch-Kincaid readability test the Guardian has tracked the reading level of every state of the union”という文言がある。これは、「Flesch-Kincaidの読みやすさのテストを用いて、『ガーディアン』が各一般教書の読解レベルをたどった」という意味になる。

Flesch-Kincaidとは?

ここで出てくるFlesch-Kincaidとは何か? これは英語の文章の読みやすさの指標だ。このインフォグラフィックで用いられているのは、“Flesch-Kincaid Grade Level”という指標で、数値が大きいほど文章が複雑で読みにくいものとされる。この指標の計算に用いられるのは、文の長さの平均 [3] と単語の長さの平均 [4] だけである。文が長ければ長いほど、この指標は大きくなるし、単語についても長ければ長いほど指標が大きくなる。つまり、文や単語が長いなら複雑で読みにくいという考えに基づいた指標なのだ。

この指標の数値は、アメリカの学年に対応するように設計されている。つまり、Flesch-Kincaid Grade Levelの値が8ならば平均的な8年生 [5] が読める程度の文章とみなされるし、10ならば平均的な10年生 [6] が読める程度の文章とみなされるのだ。

ガーディアン紙は大統領の演説に対してFlesch-Kincaid Grade Levelを調べ、昔の大統領よりも、最近の大統領の方が、Flesch-Kincaid Grade Levelが低い傾向にあるとインフォグラフィックに表現している。実際、最近4代の大統領は、ブッシュ(父)大統領が8.6、クリントン大統領が9.8、ブッシュ(子)大統領が10、オバマ大統領が9.2という低い値になっている。昔の大統領は、モンロー大統領が17.9、ジャクソン大統領が19.7 [7] のように高い値を示している。

ガーディアン紙は、これをもって、大統領の言語力が低下していると見なしているのである。さらに、インフォグラフィックでは、Flesch-Kincaid Grade Levelの値のことを、average education level(平均教育レベル)と言い換えている。つまり、知性が低下しているとも言いたいように見える。

ガーディアン紙の「分析」の問題点

だが、ガーディアン紙の「分析」は問題が多い [8] 。以下で、この「分析」の問題点について見ていこう。

指標の解釈の誤り

Flesch-Kincaid Grade Levelは、文章の読みやすさを測る指標に過ぎない。言語力とか知性とかを測る指標ではないのである。それにも関わらず、ガーディアン紙のインフォグラフィックは、Flesch-Kincaid Grade Levelの数値が下がっていることと言語力の低下を結びつけている。これは、ミスリーディングであるとしか言えない。

Flesch-Kincaid Grade Levelは、アメリカの学年に対応するように設計されている。しかし、これで数値が9と出たからといって、言語力が9年生 [9] 程度であるということを意味しない。この指標の数値が9というのは、9年生が読める程度の文章であるということしか言っていない。文章の作り手の言語力については何も言っていないのである。もし、文章の読みやすさと作者の言語力を同一視してしまうと、小学校1年生向けの読み物を書いている大人の作家は言語力が小学校1年生程度ということになってしまう。

また、読みやすい文章を書ける人は、むしろ言語力が高いと言えるかもしれない。少し文章を書いたことがある人なら分かると思うが、難しいことを分かりやすい言葉で伝えるのは、とても大変なことなのである。近年の大統領は、国政という複雑な話題を中学生でも分かるような言葉で伝えている。むしろ昔に比べて知的になっていると言えるかもしれない。

いずれにせよ、Flesch-Kincaid Grade Levelは文章の読みやすさを示す指標の1つに過ぎず、言語力や知性を測る指標ではない

1つの指標に頼るという誤り

Flesch-Kincaid Grade Levelはかなり乱暴な指標である。この指標を計算するには、文の長さの平均と単語の長さの平均しか用いていない。もちろん、短い文や短い単語の方が一般的には読みやすいだろう。しかし、単純に短ければよいというものではない。読みやすさを左右する要素には様々なものがあり、文の長さや単語の長さだけでは測れないものがある。

実際、読みやすさの指標には様々なものがある。Flesch-Kincaid Grade Levelという1つの指標を頼るだけではなく、他の指標も用いて総合的に判断した方が良い。1つの指標だけですべてが分かるという都合の良いものはなかなかないのだ [10]

ガーディアン紙のインフォグラフィックを作った人が、なぜFlesch-Kincaid Grade Levelを使ったのかはよく分からない。ただ、MicrosoftによるWordのヘルプによると、Word2007でFlesch-Kincaid Grade Levelが計算できるそうなので、単にパソコンにWordが入っていたからという安直な理由でこの指標を用いたのかもしれない。

性質の異なるものを同一視するという誤り

アメリカ大統領の一般教書は、1801年から1913年の間は文書で出されるものであった。この期間は演説という形を取らなかったのである。この期間の前後、すなわち1790年から1800年までと、1914年以降は演説という形を取っている。

文書と演説は同一視できない。これを共通の土俵にあげて、Flesch-Kincaid Grade Levelという指標で捉えようとするのは無理がある。また、一般教書演説の意義も時代によって変化している。もともとは、首都に集まった議員に向けての演説であった。しかし、ラジオやテレビで中継するようになると、議員だけでなく、広く国民を向いて演説する必要が出てくる。議員だけが分かればよい演説と、国民各層にしっかり伝わるような演説は、性質が自ずから違う。こういったものを共通の土俵で議論するのには問題がある。

実際、“Dumbers?”というエコノミスト誌のブログ記事 [11] は、文書から演説に戻った時期にFlesch-Kincaid Grade Levelが急落していることを指摘している。

まとめ

ガーディアン紙の大統領の「分析」に関する話をまとめると以下のようになる。

ガーディアン紙の「分析」がおかした誤りは、決して特殊なものではない。ガーディアン紙でなくても、何かデータを見るときにこういった誤りをおかすことはよくある。この「分析」を他山の石として、誤った分析をしないようにしたいものである。

脚注
  1. 様々な情報やデータを画像の形で分かりやすく表示したものをインフォグラフィックという。 []
  2. 2013年2月のバラク・オバマ大統領の一般教書演説については、ホワイトハウスのウェブサイトのState of the Union 2013というページに全文がある。 []
  3. 総文数を総単語数で割ったもの。 []
  4. 総単語数を総音節数で割ったもの。 []
  5. 8年生は日本で言うと中学2年生。 []
  6. 10年生は日本で言うと高校1年生。 []
  7. ジャクソン大統領は正規の教育を受けておらず、スペルを間違えることがしばしばあったという。にも関わらず、このような高い値となっている。Flesch-Kincaid Grade Levelが高いからといって教育レベルが高いとは言えない好例である。 []
  8. ガーディアン紙のインフォグラフィックに対しては、すでにいくつかの批判がなされている。例えば、Popular Scienceの批判記事は“The State of The Guardian’s SOTU Infographic Is…Dumber”(『ガーディアン』の一般教書のインフォグラフィックの状況は…アホウだ)と、ガーディアン紙のインフォグラフィックのタイトルとよく似たタイトルをつけてガーディアン紙を批判している。つまり、アホウなのは一般教書演説ではなくて、ガーディアン紙だとからかっているのである。 []
  9. 9年生は日本でいうと中学3年生。 []
  10. 例えば、経済を論じる人が日経平均株価という1つの指標しか見ないとしたら、その人は経済の状況をうまく把握することができないだろう。貿易収支や失業率といった他の指標も見なければ、経済の全容はつかめない。読みやすさ、あるいは言語力を論じるときも同じである。Flesch-Kincaid Grade Levelという1つの指標しか見ないとしたら、全容を理解することはかなわないのである。 []
  11. エコノミスト誌のウェブサイトには、Johnsonという言語に関するブログがあり、言語に関する記事を色々と配信している。 []