2019年のフランスのバカロレアの哲学の問題

概要
2019年6月17日にフランスで行われたバカロレアの哲学の試験でどういう問題が出題されたかを紹介。合わせて過去の類似問題も紹介。

バカロレアと哲学

この記事では、2019年のフランスのバカロレア試験の哲学の問題を紹介する。フランスにおけるバカロレア (baccalauréat) とは、中等教育修了に際しての資格であり、毎年6月にその資格を得るための国家的統一試験が実施される。

フランスのバカロレアは、いくつかの専攻に分かれている [1]

これらのうち、一般バカロレアの3専攻(人文系・経済社会系・理系)と技術バカロレアでは、哲学 (philosophie) という科目を受験することになっている。哲学の試験時間は4時間である。なお、2019年は6月17日に哲学の試験があった。

各専攻とも3つの問題が出され、受験者はそのうち1問に答えることになる。1問目と2問目は哲学に関する問題が短い疑問文で与えられ、受験者はそれに対して自分なりに考えた上で文章を書くことが求められる。また、3問目は哲学者などによる文章を読み、その解説を書く問題になっている。なお、専攻ごとに問題は別のものになる。

バカロレアの哲学の試験についてもっと知りたければ、以下の新書を読むことをおすすめする。

この本は、バカロレアの哲学でどのような内容が扱われるのか、どのような解答を書けばよいのかといったことをコンパクトにまとめている。

また、同書の著者が書いた以下の論文もバカロレアの哲学試験、特にその評価を理解する際に役立つであろう。

人文系の哲学の問題

ヘーゲル
ヘーゲル [2]

まずは、2019年の一般バカロレアのうち、人文系 (littéraire; L) の生徒に出された哲学の問題を見てみよう。

  1. 時間から逃れることは可能か? (Est-il possible d’échapper au temps ?)
  2. 芸術作品を解釈することは何になるのか? (À quoi bon expliquer une œuvre d’art ?)
  3. ヘーゲル『法の哲学』(Principes de la philosophie du droit) からの抜粋の解説

問1の possible は「可能である」、「ありうる」という意味。上では「時間から逃れることは可能か?」と訳したが、「時間から逃れることはありうるのか?」と訳してもよいだろう。時間 (temps) に関する問題はあまり出ていないが、2006年の人文系の哲学の問題に「時間から逃れることを欲することは意味があるのか」 (Cela a-t-il un sens de vouloir échapper au temps ?) というのが出ている。

問2のように芸術 (art) について問う問題は頻出。2018年の経済社会系の「芸術に無関心であることは可能か?」(Peut-on être insensible à l’art ?) や2017年の理系の「人は自らの文化から自由になることができるのか?」 (Peut-on se libérer de sa culture ?) というものがある。この問題は「何」(quoi) という疑問詞が用いられた疑問文になっている。バカロレアの哲学の問題はイエスかノーかで答えられる形の疑問文になっていることがほとんどで、この問題のように疑問詞を用いたものは珍しい。

問3はゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの『法の哲学』から抜粋された320語程度の文章を読んで、その解説を書く課題である。抜粋部分では自然の法則と法律の法則について比較して論じている。出題された文章は長いので訳出しない。読みたい人は、Philosophie magazine での2019年人文系バカロレア哲学の問題のページを参照のこと。『法の哲学』の日本語訳としては、中公クラシックスより『法の哲学I』および『法の哲学II』が出ている。

ヘーゲルは、18世紀から19世紀にかけて生きたドイツの哲学者。なお、少なくとも2007年から2018年の間、人文系・経済社会系・理系のバカロレアでヘーゲルの文章が出たことはない。

経済社会系の哲学の問題

ライプニッツ
ライプニッツ [3]

次に経済社会系 (économique et social; ES) の生徒に対する2018年のバカロレアの哲学の問題を見てみよう。

  1. 道徳は最良の政策なのか? (La morale est-elle la meilleure des politiques ?)
  2. 労働は人々を分断するのか? (Le travail divise-t-il les hommes ?)
  3. ライプニッツ「デカルトの『哲学の原理』総論に対する批判」 (Remarques sur la partie générale des Principes de Descartes) からの抜粋の解説

問1は道徳 (morale) に関する問題。政治との関わりについての問題としては、2013年の理系において「政治に関心を持たずに道徳的にふるまうことはできるか?」 (Peut-on agir moralement sans s’intéresser à la politique ?) という問題が出ている。

問2は労働 (travail) に関する問題。労働はそこそこよく出てくるテーマである。例えば、2016年の理系で「より少なく働くことはより良く生きることなのか?」 (Travailler moins, est-ce vivre mieux ?)、2013年の理系で「労働は自意識を持つことを容認するのか?」 (Le travail permet-il de prendre conscience de soi ?)、2012年の人文系で「働くことで何が得られるか?」 (Que gagne-t-on en travaillant ?) という問題が出されている。

問3はゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツが記した「デカルトの『哲学の原理』総論に対する批判」から抜粋された200語強の文章を読んで、その解説を書く課題である。抜粋部分では自由意志について論じられている。出題された文章は長いので訳出しない。読みたい人は、Philosophie magazine での2019年経済社会系バカロレア哲学の問題のページを参照のこと。

ライプニッツは17世紀から18世紀にかけて活躍したドイツの数学者・哲学者。なお、少なくとも2007年から2018年の間、人文系・経済社会系・理系のバカロレアでライプニッツの文章が出たことはない。

理系の哲学の問題

フロイト
フロイト [4]

今度は、理系 (scientifique; S) の生徒に対する2019年のバカロレアの哲学の問題を見てみよう。

  1. 文化の多元性は、人類の一体性を妨げるのか? (La pluralité des cultures fait-elle obstacle à l’unité du genre humain ? )
  2. 義務を認識することは、自由を捨て去ることなのか? (Reconnaître ses devoirs, est-ce renoncer à sa liberté ?)
  3. フロイト『幻想の未来』 (L’Avenir d’une illusion) からの抜粋の解説

問1は文化 (culture) に関する問題。文化と人間の関係については、2018年の人文系で「文化は我々をより人間的にするのか?」 (La culture nous rend-elle plus humain ?) という問題が出されたことがある。

問2でのように自由 (liberté) が関わる問題としては、2012年の理系の哲学の「国家がなければ我々はより自由になるだろうか?」 (Serions-nous plus libre sans l’Etat ?) という問題がある。

問3は、ジークムント・フロイトの『幻想の未来』から抜粋された280語程度の文章を読んで、その解説を書く課題である。抜粋部分では、科学について論じられている。出題された文章は長いので訳出しない。読みたい人は、Philosophie magazine での2019年理系バカロレア哲学の問題のページを参照のこと。

フロイトは19世紀から20世紀にかけて活躍したオーストリアの精神分析科学者。なお、フロイトについても、少なくとも2007年から2018年の間、人文系・経済社会系・理系のバカロレアで文章が出たことはない。『幻想の未来』の日本語訳としては、光文社古典新訳文庫で『幻想の未来∕文化への不満』が出ている。

技術系の哲学の問題

モンテーニュ
モンテーニュ [5]

最後に技術系 (technologique; T) の生徒に対する2019年のバカロレアの哲学の問題を見てみよう。

  1. 交換されるだけのものは価値があるのか? (Seul ce qui peut s’échanger a-t-il de la valeur ?)
  2. 法は我々にとって役に立つのか? (Les lois peuvent-elles faire le bonheur ?)
  3. モンテーニュ 『エセー』 (Les Essais) からの抜粋の解説

問1のように交換に着目した問題としては、2009年の経済社会系に「交換から何が得られるのか?」(Que gagne t’on à échanger ?) という問題がある。

問2で「役に立つ」と訳した faire le bonheur は、文字通りに訳すと「幸福をなす」ということ。幸福 (bonheur) はよく出てくる話題である。例えば、2014年の人文系では「幸せになるために何でもすべきか?」 (Doit-on tout faire pour être heureux ?) という問題が出ている。

問3は、ミシェル・ド・モンテーニュの主著 『エセー』から抜粋された340語程度の文章を読んで、その解説を書く課題である。抜粋部分では、人の判断力について論じられている。出題された文章は長いので訳出しない。読みたい人は、Philosophie magazine での2019年理系バカロレア哲学の問題のページを参照のこと。

モンテーニュは16世紀のフランスの思想家。『エセー』の和訳としては、白水社から『エセー 1』―『エセー 7』の全7巻が出ている。また、岩波文庫でも全6巻からなる翻訳がある。

脚注
  1. 技術バカロレア・職業バカロレアについてはさらに細分化されているが、ここでは細かいところまで全部出していない。 []
  2. Wikimedia Commons のパブリックドメイン画像を利用。 []
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