【記事紹介】大学は学術界の外での人生に向けて若手研究者に準備させるべきだ

概要
若手研究者で学術界以外に進む人が多いことを鑑みれば、大学はそうした進路に進むことを想定した準備をさせるべきだという主張の論説記事の紹介。

はじめに

高等教育についてのニュースサイトTimes Higher Educationに、大学は学術界の外での人生に向けて若手研究者に準備させるべきだと主張する論説記事があったので、それを紹介したいと思う。記事の出典情報は以下の通り。

なお、記事タイトルに含まれる ECR とは、Early Career Researcher(若手研究者)の略である。

学術界の外に向かう方がありふれた進路

今日紹介する記事では、博士号取得者で、学術界で任期のない定職 (permanent job) に就ける人はほとんどいないことが指摘されている。そして、博士号取得者の多くが非学術的な職に就くことが指摘されている。例えば、英国での科学分野の博士で任期のない研究スタッフになった人は3.5%に過ぎないという王立協会のレポート [1] が引かれている。

このことを受けて、非学術的な職に就くことを「代用的な職業」(aleternative career) と考えるのは大きな問題であるという旨の主張が述べられている。実際には学術界で任期のない定職に就く人の方が少数派なのだ。

対策

それにも関わらず、学術界の外に向かう方がありふれた進路だということは、あまり認識されていない。

指導教員などは、学術界の中の進路で生きてきた人だから、かえって学術界以外の進路というものについてよく知らないのだ。このため、指導教員が、学術界以外に進むことを失敗として捉えたり、博士号の無駄遣いと捉えたりしてしまうと、記事では指摘されている。

このような現状に対して、記事では、大学側に対策を求めている。具体的には、学術界以外に進んだ博士号を取得した卒業生に、情報を共有してもらうべきだという対策が述べられている。学術界以外の情報を提供することで、若手研究者に学術界の外での人生に向けて準備させるのだ。

博士号を取ったその先は?
博士号を取ったその先は? [2]

日本の状況

今日紹介した記事においては、日本の状況については書いていないのだが、少し私の方から日本の状況について補足しておきたいと思う。

端的に言えば、日本でも学術界以外に進む若手研究者は多い。だから、紹介した記事で述べられているようなことは、日本でも共通する問題となりうる。

さて、2015年11月に、科学技術・学術政策研究所が『「博士人材追跡調査」第1次報告書』というものを出している [3] 。これは、2012年度に博士課程を修了した者 [4] が、終了から1年半経ってどうなったかを調べたものである。

この報告によれば、博士課程修了から1年半経った段階で、大学・短大・高専もしくは公的研究機関等という「アカデミア」(学術界)に雇用されているのは、修了者全体の58.6%である [5] 。どちらかと言えば、学術界に残っているものの方が多いのだ。ただし、アカデミアに雇用されている者の多くが、任期付きの雇用である。「アカデミア」に雇用されている者のうち、60.3%が任期制、8.6%がテニュアトラックを含む任期制、29.9%がテニュアである [6] 。ここで、「テニュア」は任期がない職で、「テニュアトラックを含む任期制」は将来的には任期がない形態に転換されることが想定されている職である。つまり、学術界で任期がない職に就けているのは、博士課程修了者全体の2割に満たない

もちろん、これは博士課程修了から1年半経った時点での調査なので、さらに時間が経てば学術界で任期のない定職に就く人が増えるかもしれない。また、学術界以外で就職した人で、将来的に学術界に戻る人もいるかもしれない。また、専攻分野によって違うということもあるだろう。

だが、博士課程修了者で、学術界で任期のない定職を得られる人は決して多くないということには変わりがない。そして、学術界の外に職を見つける人は、大多数というわけではないにせよ、それなりの割合を占めることになる。

だから、日本の大学も学術界以外に進む若手研究者が多いことを踏まえ、対策を取った方が良いかもしれない。そうでないと、せっかく育てた人材を台無しにしてしまうかもしれないのだ。

脚注
  1. The scientific century: Securing our future prosperity. (2010). London: Royal Society. Retrieved from https://royalsociety.org/topics-policy/publications/2010/scientific-century/ []
  2. Pixabayよりgeralt氏のパブリックドメイン画像を使用。 []
  3. 科学技術・学術政策研究所.(2015). 『「博士人材追跡調査」第1次報告書』 http://hdl.handle.net/11035/3086 []
  4. 博士号を取った人だけでなく、いわゆる博士課程満期退学者も含まれている。 []
  5. 『「博士人材追跡調査」第1次報告書』p.39。 []
  6. 『「博士人材追跡調査」第1次報告書』p.42。 []