土砂崩れ事故の概要
2015年12月20日、中国広東省深圳市において大規模な土砂崩れが発生し、大きな人的被害が出た。これは自然災害というよりも、野放図に土砂が置かれたために起きた人災であるという指摘は当初から出ていた [1] 。
また、中国政府網は2015年12月25日に〈国务院调查组:深圳“12•20”滑坡灾害是生产安全事故〉(国務院調査グループ:深圳の12月20日地滑り災害は生産安全に関わる事故)という記事を出しており、以下に引用するように、中国政府がこの事故を人災と認識していることを示している。
さて、以下では、この事故を中国語メディアがどのように描写しているかについて見ていきたい。端的に言えば、同じ事故でありながら描写に使用されている単語が異なることがある。なんとなく単語を変えた可能性もあるが、人災として捉えるか単なる自然災害と捉えるかの違いを意図的に使用単語に反映している可能性もある。このことに注意して、具体の例を見ていこう。
“滑坡”
深圳の土砂崩れ事故を表す言葉として最もよく使われているのは、“滑坡”(huápō) であろう。この“滑坡”という単語だけで「地滑り」や「山崩れ」という意味になる。
この表現を使った記事をいくつか挙げよう。
- 人民網の2015年12月23日付けのニュース記事は〈深圳滑坡灾害76名失联者名单公布 全力搜救继续进行〉というタイトルで、“滑坡灾害”と表現している。
- 中国新聞網の2015年12月26日付けのニュース記事は〈深圳滑坡事故现场举行默哀仪式〉というタイトルで、“滑坡事故”と表現している。
- BBC中国語版の2015年12月31日付けのニュース記事は〈中国深圳滑坡事故11责任人被批捕〉というタイトルで、“滑坡事故”と表現している。
- 中国新聞網の2016年1月13日付けのニュース記事は〈深圳滑坡事故现场发现69名遇难者 25名嫌疑人到案〉というタイトルで、“滑坡事故”と表現している。
- 環球網の2016年3月13日付けのニュース記事は〈曹建明:对天津港爆炸、深圳滑坡事故的43人立案侦查〉というタイトルで、“滑坡事故”と表現している。
“山体滑坡”
中国大陸のメディアの報道を見ていると、当初は、深圳での土砂崩れについて、“山体滑坡”(shāntǐ huápō) という言葉で描写しているものが多かったようである。この“山体滑坡”という言葉は「山の形が崩れること」を意味する。“山体滑坡”という言葉を使っている記事の例を挙げよう。
- 新華網の2015年12月21日付けのニュース記事〈深圳山体滑坡已致91人失联 新华网无人机航拍事故现场〉
- 南方網の2015年12月21日付けのニュース記事〈深圳山体滑坡 现场或有91人埋在黄土下〉
また、習近平国家主席がこの土砂崩れに対して2015年12月20日に出した重要指示は、〈习近平对广东深圳市恒泰裕工业园山体滑坡灾害抢险救援工作作出重要指示〉というタイトルで、“山体滑坡”を使っている。
“堆土滑坡”
“山体滑坡”ではなく、“堆土滑坡”(duītǔ huápō) という言葉で表現している例もある。“堆土滑坡”は「積まれた土が崩れること」を意味する。“山体滑坡”は「山の形」という自然物が崩れたということになるが、“堆土滑坡”にすると人為的に積まれた土が崩れたということになる。つまり、“堆土滑坡”と表現した方が人災という感がするのである。
さて、BBCの中国語版ニュースサイトは、この土砂崩れに関して“堆土滑坡”という表現を事故が起きた当初から使用していた。事故が起きた2015年12月20日付けの記事では、〈广东深圳堆土滑坡楼房倒塌 59人失踪〉というタイトルが付けられており、“堆土滑坡”であることが示されている。さらに、同じ日の記事で、〈深圳坍塌事件“並非山体滑坡”所致〉というタイトルのものも出している。これは、「深圳の崩壊事件は山体が崩れ落ちたものではない」といった意味のものである。けだし、BBCの中国語版の記者は、意図的に“山体滑坡”でなく、“堆土滑坡”を用いたのであろう。
BBCの中国語版ニュースサイトでは、その後も“堆土滑坡”という表現を用い続けている。
- 12月21日付の〈深圳滑坡继续搜救 失踪人数下调为85〉という記事では、“中国深圳光明新区堆土滑坡事件搜救工作进入第二天,官方失踪人数进一步增加。”(強調引用者)と書いてある。また同じ日の記事で〈深圳堆土滑坡事故“人祸阴影”引发热议〉というタイトルのものもある。
- 12月22日付の〈深圳滑坡:救援人员发现首具遗体 失联人数下修〉という記事では、“中国深圳光明新区堆土滑坡事件进入第三天,周二清晨寻获第一具遗体,周二下午失联人数下修为76人。”(強調引用者)と書いてある。
- 12月23日付の〈中国深圳滑坡倾泻:首名幸存者获救〉という記事では、“中国深圳光明新区堆土滑坡事件进入第四天,救援人员证实找到首名幸存者。”(強調引用者)と書いてある。
- 12月24日付の〈中国深圳滑坡倾泻第五天:又探得生命迹象〉という記事では、“中国深圳光明新区堆土滑坡事件进入第五天,已有四人死亡,星期三晚上又探测到生命迹象,救援仍在进行中。”(強調引用者)と書いてある。
他のメディアの例としては、フィナンシャル・タイムズ中国語版ニュースサイトの2015年12月24日付けのニュース記事〈深圳滑坡暴露中国发展模式弊端〉で、“但在上周日,深圳发生了一起致命的堆土滑坡事件,起因是一个庞大的垃圾堆垮塌。”と表現しているものがある。また、法輪功系の希望之声の12月21日のニュースでは、“廣東深圳堆土滑坡樓房倒塌 59人失蹤”と述べている。
なお、中国大陸のメディアでは、参考消息网がBBCの報道を引く形で、2015年12月21日付けで〈BBC:广东深圳堆土滑坡楼房倒塌 59人失联〉というタイトルの記事を出している。ただ、事故発生当初、“堆土滑坡”と述べた中国大陸のメディアはさほどなかったようだ。中国大陸のメディアが、人災を想起させる“堆土滑坡”を意図的に避けて、“山体滑坡”を使った可能性もある。
“渣土滑坡”
“堆土滑坡”の代わりに、“渣土滑坡”(zhātǔ huápō) という言葉を使って表現している例も散見される。“渣土”は残土を意味する。
- シンガポールの連合早報網の2015年12月21日付けのニュース記事は〈深圳坍塌事件实为“渣土滑坡”〉というタイトルで、“渣土滑坡”と表現している。
- BBC中国語版の2015年12月27日付けのニュース記事は〈中国最高检调查广东深圳渣土滑坡事故〉というタイトルで、“渣土滑坡”と表現している。
- BBC中国語版の2015年12月29日付けの〈深圳光明新区原城管局长自杀身亡〉という記事では、“中国深圳光明新区渣土滑坡事故发生第九天,当地警方称,光明新区一名前官员“自杀身亡”。”(強調引用者)と書いてある。
“坍塌”
“坍塌”(tāntā) とは、「崩れ落ちること」、「崩壊」を指す。この単語によって表される崩壊は山のみに限定されるものではなく、建築物が崩れ落ちることなども指しうる。
深圳の土砂崩れ事故について、この“坍塌”を使った報道がある。例えば、台湾の蘋果日報のウェブサイトに載った2015年12月21日付けの記事は〈地質學家:深圳堆土坍塌災害罕見〉というタイトルになっている。
“倾泻”
“倾泻”(qīngxiè) とは、「水などが高いところからものすごい勢いで流れ出ること」を指す。土砂が流れ出ることを指すためにこの表現を使うことがある。
深圳の土砂崩れ事故についても、この表現を用いた報道がある。例えば、BBCの中国語版ニュースサイトは、2015年12月22日付けで〈深圳堆填区倾泻:掘出第二具遇难者遗体〉というタイトルの記事を出している。
- 延与光貞・平賀拓哉・斎藤徳彦.(2015年12月22日).「4階相当まで赤土 深セン土砂崩れ、人災ふたたび」『朝日新聞デジタル』 http://www.asahi.com/articles/ASHDP4QYHHDPUHBI01Z.html [↩]