「彼はモンゴル語を研究しているからロシア語ができる」

概要
言語学者は、研究対象となる言語とは別に、研究上必要になる言語を習得することがある。

研究対象となる言語と研究に使う言語のずれ

前に言語学の話をしていて、「彼はモンゴル語を研究しているからロシア語ができる」というセリフを聞いたことがある。これだけ聞くと、だいぶ奇妙な感じがするだろう。「モンゴル語を研究しているからモンゴル語ができる」というのならば分かるのだが、「モンゴル語を研究しているからロシア語が分かる」と言うのだ。

だが、このことはモンゴル語の研究の文脈を踏まえるとそんなにおかしいことではない。実は、モンゴル語の研究をしてきたロシア人の学者がかなりいる。こうした人たちは、ロシア語で論文を書いている。このため、ロシア語で書かれたモンゴル語についての論文を読むために、ロシア語を習得する必要が出てくるのだ。

研究対象の言語と研究に使う言語は同じとは限らない。
研究対象の言語と研究に使う言語は同じとは限らない。

このように、研究対象となる言語と研究に使う言語にはずれが生じることがある

中国語学について言えば、中国語で論文が書かれることが多いが、他の言語でも論文が書かれることが少なくない。日本の中国語学者で中国語学について日本語で論文を書く人は少なくないので、海外の中国語学者からすると日本語を知っていると中国語の研究がはかどるという面がある。また、20世紀半ばまではかなりのものが、そして最近も少々フランス語で書かれた重要な論文があったりするので、フランス語を読めると得だという現象がある。

また、少数言語の研究をしている場合、その言語が話されている地域で優勢な言語を知っている必要が出てくる。例えば、南米のケチュア語を研究している人は、南米で優勢な言語であるスペイン語を知っていないと困る。また、中国国内のシベ語を研究している人は、中国語を知っていないと困る。ビザの手続きやホテルの予約は優勢な言語で行われることが多いし、その優勢な言語で論文なども書かれていたりする。その意味で、研究対象となる少数言語のほかに、研究には地域で優勢な言語を使わざるをえない。

ちなみに、少数言語そのものの研究ではなかなか就職先がないので、優勢な言語で就職先を探す必要が出てくるという話もある。例えば、ケチュア語の研究をしている言語学者で、大学ではスペイン語を教えているという人がいる。ケチュア語を教える仕事というのはなかなかないだろうが、スペイン語なら教える仕事がそこそこあるので、スペイン語を教えることで食べていけるというわけだ。

これとは少し話が外れるが、欧米の大学では、日本・中国・朝鮮半島について勉強する学科が東アジア研究専攻という形でざっくりとまとまっていることがある。こうした学科では、これら3地域のどれを主にするにしても、日本語・中国語・朝鮮語のそれぞれをそれなりに勉強するようと課している場合がある。こうした学科を卒業した人は、日本語を主に専攻したけど中国語もペラペラだという例も少なくない。