数式の多い論文は引用されにくい?

概要
数式の多い論文は引用されにくいという研究とそれに反対する研究について紹介する。

はじめに

数式の多い書籍は一般受けしにくいという話がある。数学に慣れていない人だと、数式があるだけで読む気を失ってしまうだろう。

ところで、科学の多くの分野において数学はその基礎となっている。このため、科学に関する論文においては数式が使われることが少なくない。

数式が一般受けしにくいという話と科学論文で数式が使われるという話を組み合わせると、次のような疑問が生じるだろう。「数式が多い論文は受けが悪いのではないか」という疑問だ。もちろん、科学論文の読者は多くの場合一般人でなく、専門的な訓練を受けた科学者だ。だから一般人のように数式が多いからといって敬遠することはないかもしれない。だが、科学者であっても一般人と同様に数式を敬遠してしまうかもしれない。どちらが実態を正確に捉えているのだろうか。

実は、論文の中の数式の量がもたらす影響について調査した研究がある。その研究を記した論文は以下の通りである。

フォーセットとヒギンソンによって行われたこの研究によると、数式の多い論文は他者から引用されにくいという。ただし、この研究に対して、数式の多い論文は他者から引用されにくいとは言えないという反論もある。

数式の多い論文は引用されにくい?
数式の多い論文は引用されにくい? [1]

以下で、数式の多い論文は引用されにくいという主張について詳しく見ていきたいと思う。

数式の多い論文は引用されにくいという傾向

フォーセットとヒギンソンは、論文の中の数式の量とその論文が引用された回数の間にどのような関係があるかを調査した。彼らが調査したのは、生物学のうち進化と生態学に関する分野の論文 [2] である。

彼らは、1ページあたりの数式の個数という観点で調査した。なお、調査対象となったすべての論文の数式は平均して1ページあたり0.43個であった。

そして、他の要因 [3] とともに1ページあたりの数式の個数が、その論文の被引用数にどれだけの影響を与えているかを計算した。その結果、1ページあたりの数式が1個増えるごとに、被引用数が平均22%減少することが分かった。つまり、数式の多い論文は引用されにくいということである。なお、ここで注意すべきなのは、論文全体の数式の数の多さではなく、1ページあたりの数式の数が問題とされているということである。フォーセットとヒギンソンは、別の文章 [4] において、論文全体の数式の合計数ではなく、1ページあたりの数式の数が問題となると述べ、ページあたりの数式が多いと説明不足になりがちだろうと指摘している。

また、フォーセットとヒギンソンは、数式の個数を調べた論文を引用している論文を「理論的」(theoretical) な論文と「非理論的」(nontheoretical) な論文に分けた。すると、「非理論的」な論文の方が、数式の多い論文を引用しない傾向があることが分かった。さらに、本文に数式が載っている場合は引用されなくなる傾向があるが、論文の付録 (appendix) に数式が載っている場合は引用されやすさが変わらない傾向があるということも分かった。

このことを踏まえ、フォーセットとヒギンソンは、論文の本文に数式を載せるよりも、付録に数式を載せるようにすべきだとしている。

しかし、フォーセットとヒギンソンの研究に対してはさまざまな反論がある。以下では、そうした反論について紹介してきたい。

反論

フェルナンデス [5] は、フォーセットとヒギンソンの研究が、相関を因果と見なしていると批判している。つまり、数式の数と被引用数の間に関係があったとしても、「数式が多いから引用されなくなった」という因果関係は成立しないという議論をしている。

このほか、フォーセットとヒギンソンの統計分析に問題があるという指摘もある。

ギボンズ [6] は、フォーセットとヒギンソンの使用したデータに対して、フォーセットとヒギンソンとは違う方法で分析した。その結果、ギボンズは、学術誌によってはむしろページあたりの数式の数が多いほど被引用数が増える傾向があることを示した。

コルマーら [7] は、フォーセットとヒギンソンの使用したデータに対する再分析を行い、数式の多い論文は引用されにくいとは言えないと結論づけている。

結論

結局のところ、数式の多い論文は引用されにくいとはなかなか言いにくいと思われる。もしかしたら本当にそういう傾向があるかもしれないが、その傾向についてはっきりと何か言うにはさらなる調査が必要だろう。

ましてや、自分の論文が引用されやすくなるように数式をわざと減らすことはすべきではないだろう。それよりも数式が読者の理解を助けるかどうかという観点で考える方がずっとよい。読者が理解できないのならば、数式がたくさんあろうとも、全くなかろうとも、意味がないのだ。「数式の多い論文は引用されにくい」といった言葉に踊らされず、しっかりと考えて数式を使っていくべきであろう

脚注
  1. Flickrより Ivan T 氏のCC BY 2.0画像を使用。 []
  2. フォーセットとヒギンソンの調査対象が進化と生態学に関する分野という極めて狭い範囲に限られていることに注意する必要がある。たとえ進化と生態学で数式の多い論文は引用されにくいという傾向があったとしても、他の学問分野でこの傾向が成り立つとは限らない。 []
  3. 他の要因としては、「論文の総ページ数はどれだけか」、「どの学術誌に掲載された論文か」といったものがある。 []
  4. Fawcett, T. W., & Higginson, A. D. (2012b). Reply to Chitnis and Smith, Fernandes, Gibbons, and Kane: Communicating theory effectively requires more explanation, not fewer equations. Proceedings of the National Academy of Sciences, 109 (45), E3058-E3059. doi: 10.1073/pnas.1213721109 []
  5. Fernandes, A. D. (2012). No evidence that equations cause impeded communication among biologists. Proceedings of the National Academy of Sciences, 109 (45), E3057. doi: 10.1073/pnas.1211892109 []
  6. Gibbons, J. (2012). Do not throw equations out with the theory bathwater. Proceedings of the National Academy of Sciences, 109 (45), E3054. doi: 10.1073/pnas.1212498109 []
  7. Kollmer, J. E., Pöschel, T., & Gallas, J. A. C. (2015). Are physicists afraid of mathematics?. New Journal of Physics, 17 (1), 013036. doi:10.1088/1367-2630/17/1/013036 []