候文とは
候文とは、中世から近代にかけての日本で用いられた文体である。「候」という字を文末に用いることが特徴で、手紙を送る時に広く用いられた。今日は、候文で暑中見舞を書く場合に使える例文をいくつか紹介する。以下で出てくる暑中見舞は明治から大正の候文の暑中見舞をイメージしたものである。
ここに紹介してある候文の例は、無許可で自由に使ってもらって構わない。また、これらの例については、出典を書く必要もない。
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候文による暑中見舞の構成要素
暑中見舞は特に独創性が必要となるたぐいの文章ではなく、既存の表現を組み合わるだけで簡単に書くことができる。以下では、暑中見舞の構成要素別に、例文を紹介する。
なお、以下の候文の例に振られている読み仮名は、すべて歴史的仮名遣いによるものである。
相手の無事を問う言葉
候文を使った暑中見舞の冒頭部分は、暑いことを述べた上で、相手の無事を問うものが多い。いくつか例を見てみよう。
- 酷暑之候貴下之御動靜如何候哉(訳:とても暑い時期ですが、あなたさまの状況はいかがでしょうか。)
- 打ち續き炎熱酷しく御座候折柄御一統愈々御壯健に入らせられ候や(訳:暑くてつらい日がつづいておりますが、みなさまお元気でしょうか。)
- 酷暑凌兼候間御高堂御壯健に被為入候や伺上候(訳:とても暑くて耐えかねますが、みなさまお元気でいらっしゃるかお伺い申し上げます。)
暑さを示す表現
上記の例を見れば分かるように、暑中見舞ではまず暑いことを述べる必要がある。夏の暑さを示す単純な表現としては以下のようなものがある。
- 酷暑之候
- 炎暑之候
- 劇暑之候
- 激暑之候
- 炎熱之候
- 苦熱之候
- 鑠金之候 [1]
これらの表現の「之候」という部分は、「之砌」、「之折」、「之折柄」としても良い。例えば、「酷暑之候」に代えて、「酷暑之砌」、「酷暑之折」、「酷暑之折柄」と言うことができる。
夏の暑さを示す表現でもう少し複雑なものを見てみよう。
- 炎熱如燒之砌(訳:暑くて焼けてしまいそうな時期)
- 炎熱猛烈之候(訳:暑さが猛烈である時期)
- 頃日華氏九十度に上り(訳:このごろは華氏90度に上り)
- 寒暖計を以て計り候處九十五度に至り(訳:温度計で測りましたところ九十五度に至り)
- 本年は稀なる大暑と相成候(訳:今年は稀な暑さとなりました)
- 土用に入り暑氣殊外甚敷相成候(訳:土用の時期に入り暑さがことのほか大変になりました)
- 三伏之候酷暑難堪処(訳:〔一年で最も暑い〕三伏の時期でとても暑いのが耐え難いところ)
今の日本では摂氏で温度を表すことがほとんどだが、明治のころは華氏で温度を表すことが多かった。華氏90度は摂氏32.2度に相当し、この温度を超えると相当暑いと感じられた。華氏100度ともなると、摂氏37.8度に相当する [2] 。
ここでの土用は立秋の前の18日間を指す。また、三伏は、初伏(夏至の後の3番目の庚の日)、中伏(夏至の後の3番目の庚の日)、末伏(立秋の後の最初の庚の日)を指し、転じて一年で最も暑い時期を指す。
相手の無事を問う言い方
相手の無事を問うには、先に述べたように「御壯健に被為入候や」と言えばよいが、「御變も不被在候哉」とか「如何御起居被遊候哉」言ってもよい。
また、相手の家をさす尊敬表現としては、「御高堂」のほかに、「御全家」とか「御渾家」といった表現もある。
自分の無事を述べる言い方
相手の無事を聞いたら、自分の無事を相手に伝える。例えば、以下のような表現が使える。
- 拙家無事過居候間御安心下度候(訳:我が家は無事過ごしておりますのでご安心下さい)
- 小生方は幸に皆々替りなく暮居候(訳:我が家は幸いにもかわりなく過ごしておりますのでご安心下さい)
- 弊屋何れも健康に候間乍慮外御放心被下度候(訳:我が家はみな健康でございますから、はばかりながらご安心下さい)
ここで「拙家」や「弊屋」というのは自分の家をへりくだって言う表現である。言い換えたければ、「破屋」とか「茅屋」といった表現が使える。また、上の例で「御安心」・「御放心」と書いているところは「御休意」・「御放念」と書き換えてもよい。
相手に贈り物をする場合
暑中見舞は手紙を送るだけでなく、ついでに暑さに効く贈り物をする場合もある。贈り物をする場合は、以下のような文を書くと良いだろう。
- 親戚より被送候の桃を微薄ながら御慰迄に進呈仕候(訳:つまらないものですが親戚から送られてきた桃を気晴らしとしてお贈り申し上げます)
- ラムネ十瓶を乍些少時下挨拶之印迄に差上候銷夏之一助に御笑納被下度候(訳:ラムネ10瓶をわずかではございますが、最近のあいさつのしるしまでに差し上げます。暑さをしのぐ助けとしてお受け取り下さい)
ちなみにラムネは明治初期から日本にある。
まとめ
実際の暑中見舞を書く際には、上述の表現を順に組み合わせれば良い。例えば、以下のような例が考えられる。
酷熱之砌御高堂御變も不被在候哉伺上候弊家何れも健康に候間御休心被下度候
防暑之一助に西瓜を進上仕候御笑納被下度奉存候
時節柄御自重專一と存申上候以書面御見舞申述如斯御座候謹言
(訳:とても暑い時期でございますが、みなさまはお変わりないでしょうか。我が家はみな元気ですのでご安心いただければと思います。暑さをしのぐたすけとしてスイカをお贈りいたします。お受け取りいただければと思います。時節柄、ご自身の健康を一番大事になさってください。お手紙でお見舞い申し上げます。敬具)