「恋愛」の定義

概要
国語辞典での「恋愛」の定義を比較する。「恋愛」の定義の中で、同性愛は無視されるようである。また、『新明解国語辞典』の恋愛の定義はやたらと細かい。

はじめに

今日は「恋愛」の定義について書こうと思う。「恋愛」の定義といっても、「恋愛は人世の秘鑰なり」 [1] とか「相手が変わったからといって自分の気が変わってしまうのは恋愛ではない」 [2] とかいうような人生訓のような話を見ようというわけではない。ここでは、単語としての「恋愛」が辞書でどういうふうに定義されているかを見ていきたい。

注意:この記事は大して真面目な記事ではない。

片思いは「恋愛」でない?

まずは有名どころということで、『広辞苑 第6版』での「恋愛」の定義を見てみよう。

男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい。

『広辞苑 第6版』(岩波書店、2008年)

この『広辞苑』の「恋愛」の定義は非常に簡潔だ。しかし、簡潔な定義の中にも辞書ごとの特徴がある。この定義の中で「互いに」と書かれている。これでは両思いのときしか恋愛にならないということになりそうだ。『広辞苑』としては片思いは「恋愛」のうちに入らないように見える。

もちろん辞書での定義というのは、常に単語のすべての用法を捉え切れているわけではない。『広辞苑』の編纂者は別に片思いを排除したかったわけではなく、そこまで気が回らなかっただけなのかもしれない。あるいは、片思いのことに気づいていたのかもしれないが、それは典型的な「恋愛」ではないと考えて、このように定義したのかもしれない。辞書での定義のしかたは色々ある。ある単語のすべての用法を包括的に描いて定義する場合もあれば、中核的用法のみを捉えて定義する場合もある。こちらはどちらかといえば、後者なのだろう。数学の講義で出てくるような「定義」とは違うのだ。

同性愛は「恋愛」でない?

他の辞書の例も見てみよう。日本語の辞書としては最大の辞書である『日本国語大辞典』では「恋愛」が以下のように定義されている。

特定の異性に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、その状態。こい。愛恋。

『日本国語大辞典 第2版』(小学館、2000-2002年)

この定義だと、『広辞苑』と違って片思いの場合も含まれる。なので、こちらの方が定義としては良さそうだ。

ところで、『日本国語大辞典』では「異性に」と書かれている。同性間の恋愛は想定していないのだろうか。先ほどの『広辞苑』にも「男女が」と書かれており、異性間の恋愛のみ想定され、同性間の恋愛は想定されていない。他の辞書でも、同性間の恋愛は触れられていない。例えば『大辞林』では以下のように定義されている。

男女が恋い慕うこと。また、その感情。ラブ。

『大辞林 第3版』(三省堂、2006年)

日本語の「恋愛」からは離れるが、中国語の辞書でも「恋愛」は男女の間のものとされている。例えば、中国で最もよく使われている中国語辞典の1つである《现代汉语词典 第6版》(商務印書館、2012年)では“男女互相爱慕”(男女がたがいに愛し慕うこと)と定義されている。なお、中国語でも、“恋愛” liàn’ài [3] という熟語はよく使われ、日本語と意味はさして変わらない。

やたらと細かい『新明解国語辞典』

今まで見てきた例は、いずれも簡潔に「恋愛」を定義してきた。しかし、「恋愛」はそんな簡潔に済ませて良いものなのだろうか。もうちょっと細かく見た辞書はないのだろうか。

実は『新明解国語辞典』ではやたらと細かく「恋愛」を定義している。古い版になるが、第4版では以下のような定義がなされている。

特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。

『新明解国語辞典 第4版』(三省堂、1989年)

冒頭の「特定の異性に特別の愛情をいだいて」というのは『日本国語大辞典』の定義に似ているが、そのあとが長い。この定義はすべての恋愛を包括的に定義したというよりも、恋愛の典型はどのようなものか記述したものと見た方が良いだろう。「出来るなら合体したい」というのは意味が分かりにくいが、『新明解国語辞典 第4版』で「合体」を引くと「『性交』のこの辞書でのえんきょく表現」と書かれている。つまり、「出来るなら合体したいという気持」は肉欲のことを指す。肉欲に関する話は、第5版になると以下のようにもうすこし分かりやすくなる。

特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。

『新明解国語辞典 第5版』(三省堂、1997年)

また、『新明解国語辞典』の定義は、「常にはかなえられない」などと書いてあり、どちらかと言えば片思いよりだ。「互いに」と書いている『広辞苑』とは対照的である。もてない人は『広辞苑』より『新明解国語辞典』の方が合っているのではなかろうか。

脚注
  1. 北村透谷「厭世詩家と女性」より。なお、「秘鑰」とは秘密を解く鍵の意味。 []
  2. シェイクスピアのソネット116番の“Love is not love Which alters when it alteration finds”より。 []
  3. 簡体字だと“恋爱”、繁体字だと“戀愛”になる。 []