『高等学校の確率・統計』(ちくま学芸文庫)のレビュー

概要
三省堂が1984年に出した高校用の数学教科書を文庫化したものの書評。教科書本体だけでなく、教師用指導資料も載っていて、それが面白い。

はじめに

今日紹介する本は三省堂が1984年に出した高校用の数学教科書『高等学校の確率・統計』 [1]   を、その教師用指導資料とともに文庫化したものである。

高校用の教科書なので、さほど高度な内容は書かれておらず、取るに足るものではない。ただ、付録の教師用指導資料がなかなか面白かった。指導資料では、確率を分かりやすく教えるための工夫が色々と紹介されており、つまずきやすい内容に対する理解が深まると思われる。特に、確率の意味付けを素朴 [2] に理解する面では役に立つだろう。ただし、後に述べるように、この本で確率・統計のことを勉強しようとするのならば、物足りない面がある。高校生が勉強するのであれば役に立つかもしれないが、それならこの本に集中するより、ちゃんと高校の数学の授業を受けた方が良いと私は思う。

要するに、初心者が勉強するために教科書として買うというよりは、ある程度確率や統計に触れた経験がある人が、教師用指導資料の内容を楽しむための本だと私は思う。

扱っている内容

現在通行している確率・統計の教科書は、大体が大学生や一般社会人向けということもあり、入門書であっても、そこそこ難しい内容まで扱われている。例えば、まともな入門書なら、統計の方面として、t検定やらカイ二乗検定などが扱われているだろう。というよりも、こういった内容が含まれていないと、使い物にならないという側面もあるのだが。

しかし、この本は高校生向けなので、確率・統計の様々な面が割愛されている。理由としては、学習指導要領の範囲を超えるわけにいかないということが第一に挙げられよう。また、細かく説明すると却って分かりづらいために「方便」が使われている側面もある。

この教科書に紹介されていない内容については以下のようなものがある。

これらの内容は、確率・統計を応用していく際に、何かと必要になってくるので、この辺の知識がないと辛い面がある。いずれにせよ、大人が確率・統計を勉強しようと考えている場合、本書だけでは明らかに力不足である。

逆に、この教科書で説明されている内容(の一例)を挙げよう。いずれも基礎的なものばかりである。

読み物としては面白い

この教科書は、教師がいなくても理解にはさほど困らない教科書である。これは、236ページに指導資料の「まえがき」として、「本書はひとりでも読めるくらいに、基本的な事項をていねいに述べてある」と書いてあるように、筆者たちがそのように配慮したからであろう。私見であるが、高校生がひとりで読むのなら、意欲が足りないと読み通すのが辛いだろう。高校生はやはりこういった本をひとりで読み通すという経験に乏しいから、辛いところが出てくると思う。大学生や一般社会人が読むのなら、難なく読めると思う。また、さまざまな挿話を含んでおり、読み物としても楽しめる。237ページには「本書の基本思想」として、「本書は『読んでおもしろい』教科書をめざしてつくられた」と書かれている。

扱われている例も、高校生に親しみやすいようなものが選ばれているから、高校生より社会経験がある大人にとっては取っつきやすいだろう。ただ、30年ぐらい前の教科書なので、多少データの例として今の高校生には想像がつきにくい例もある。例えば、1981年の年間高視聴率トップ20の表が出ているのだが、その中の『水戸黄門』の40.6%や『Dr.スランプ』の36.7%は、今ではもう信じられないほどの数字だ。とは言え、全般的に違和感はなかった。

指導資料など

この本は、分量で言えば、前の半分が教科書本体で、後ろの半分が指導資料となっている。その他、最終尾には、確率・統計・数学教育に関するエッセイ的な資料が12本掲載されている。先にこれら12本の資料について簡単に紹介しておこう。

指導資料の方は、教科書の目的であるとか、授業案の例が色々と書かれている。この他、教科書の問題の解答解説もある。高校生の気を惹くための授業の実践例も色々書いてある。例えば、サイコロと言えば普通は、1から6の目が均等に出るサイコロを使うが、わざと歪んだサイコロを用意して生徒にやらせてみるといった例が出てくる。

脚注
  1. 昭和57年度から施行された当時の学習指導要領では、数学には「数学I」・「数学II」・「代数・幾何」・「基礎解析」・「確率・統計」・「微分・積分」と6つの科目があった。そのうち「確率・統計」の教科書。なお、当時の数学IIにも「確率と統計」という内容は含ま れていた。数学IIの方がより基礎的な内容を扱っており、確率・統計の方がやや応用的な内容である。現行の学習指導要領(平成14年度より施行)では、数学Aの「場合の数と確率」、数学Bの「統計とコンピュータ」、数学Cの「確率分布」・「統計処理」に相当する。今度行われる新しい学習指導要領(平成25 年度より施行)では、数学Aの「場合の数と確率」、数学Bの「確率分布と統計的な推測」に相当する。 []
  2. 素朴と書いたのは、公理主義的確率論などを特に考えているわけではないといった程度の意味。元々が高校の教科書なので、公理主義的確率論を展開するのはさすがに無理がある。 []